インドネシア(ジャワ島・バリ島)旅行記3・ジョンバン、モジョケルト

次の日は七時の電車に乗らないといけないので5時半に起きる。どこもレストランは空いていないので、カップラーメンを食べて駅へ。

チケットを駅員に見せて乗り込む。まだ自動化されていないらしい。

電車内は割と綺麗目だったのだが、エコノミーなので車内が狭かった。席を予約するシステムなので立っている客はいないのだけれど、席が狭くて四時間座っていると足と尻がかなり痛くなった。ちなみに料金は四時間で600円程だった。安い。

Jombangに着く。

連れのインドネシア人の父親に迎えに来てくれた。

この町はかなり綺麗目で、またインドネシアの印象が変わった。聞いたところによると、町の衛生面で賞を取った町らしい。インドネシア随一に綺麗な都市ということか。

知り合いの家の前は空手道場になっていた。「日本の道場はこんな感じの建物なのだろう?」と聞かれたので、「全く違う笑」と答えておいた。空手道場の師範はなぜか日本語で、先輩senpaiと呼ばれているらしい。せめて先生senseiの方が良いのでは。

寝不足だったので、少しフルーツなどをいただいた後、昼寝をする。もらったフルーツはスネークフルーツというものだった。文字通り、蛇のような皮をしている。中身はニンニクのように見えて、食感はニンニクのようで、味はなんとも表現しにくいけど、リンゴから水気を除いたような甘さだろうか。

夜起きた後は、夜店やモスクに連れて行ってもらう。インドネシアの大体の都市には大きなグランドモスクがあるらしい。

何か儀式中だったので中には入れなかった。

Jombangの伝説のナシゴレン屋に行く。店は橋の近くにあってボロめだった。

公園にお遊戯コーナーのようなものがあり、マリオがいた。

ところでこの家のトイレは汲み取り式だった。となりに水槽があり、用を足した後は、そこから水を汲んでトイレに流し込む。

夜は、知り合いのお兄さんを交えて話をした。お兄さんは日本のファイナルファンタジー好きらしい。彼が日本の漫画にハマったのはお兄さんの影響のようだ。日本のインドネシアにおける立ち位置のような話をした。第二次大戦開戦時には、日本はインドネシアの救世主だと期待されていたが、実際には搾取をして終わった。しかし、現代のインドネシアでは日本は好意的に受け取られていて、特に若者は日本の漫画やアニメが好きな層が多いとのこと。中国に対しては、イスラム文化が破壊されるとかされないとかで、近年反中国的な機運が高まっているらしい。中国人だと思われると差別されるかもしれないから気をつけろよなどと言われた。(しかし、滞在中に差別されたことはなかった。というより、インドネシア人に同行していたので完全にインドネシア人だと思われていた。)

日本がインドネシアを占領した際にインドネシアに根付いてしまった文化としてOspekと言うものがあるようだ。これは学校で、教師が体罰などを加える文化のことで、近年日本ではなくなったように思えるけど、インドネシアでは根強く残ってしまっているようだ。日本語がインドネシアを占領していたのはわずか3年半程度だと思うけれど、現代でも悪習の残滓が残ってしまっているのは驚きだった。

次の日は、知り合いのお父さんがマジャパヒト王国の首都モジョケルトに連れて行ってくれた。マジャパヒト王国はインドネシアの歴史上最大の王国でその版図はタイやベトナムまで広がっていたという(後ほどウィキペディアで調べたところによると、版図については諸説あるらしい。恐らく、現地の人は偉大さを強調するために仮説の内で最も大きいものを採用しているのかもしれない)。しかし後にイスラムに駆逐されて、バリ島まで逃げていった。現在のバリ島にはマジャパヒト王国の末裔が住んでいるのだという。マジャパヒト王国は恐らくイスラムに破壊されたせいかあまり目立った建造物は残っていない。現在のインドネシアの国旗もマジャパヒト王国の旗が由来らしい。まず博物館にいったが、あまり大したものはなかった。外国人料金が現地人の10倍かかる約400円のくせに、説明にあまり英語がないし、たまにあってもGoogle翻訳の方が10倍精度が良いと思えた。

シヴァ神の記述だけれど、英語が完全に崩壊している。Siwa is believed as destroyed godで笑ってしまった。
ビーマ(インドの叙事詩マハーバーラタの英雄)の像。マジャパヒト王国の末期にはビーマのカルト教団が現れたという記述が気になる。
蓮の花
マジャパヒト王国時代に建てられた何か。
マジャパヒト王国時代の何か。

栄華を誇った王国の首都なのにほとんど遺物が残っていないのは、よほど手酷く破壊されたのだろうと思った。帰り道に屋台によって、pasoというスープを食べた。

paso。つみれ汁みたいな味。右のは揚げ豆腐。ケチャップや醤油やサンバルを混ぜるとまた違う味わいになる。

Jombangに戻った後は夜ご飯をご馳走になった。そして、洗濯もしてくれるというのでしてもらうことになったのだが、洗濯機に放り込むのかと思いきや、なんと女中が手洗いしていたので悪いことをした気持ちになった。

割と裕福そうな家庭なのに洗濯機が無いということは大半の家庭には無いのだろう。ホテルだと市井のインドネシア人の暮らしはわからないのだなと思った。

そしてバリ島に向かう。当初はバリまで電車で行こうと思っていたけど、予約を取るのが難しかったので、急遽スラバヤ空港からデンパサールまで飛ぶことにした。スラバヤ空港までは、知り合いのお父さんに送ってもらったのでこれまた非常にお世話になった。スラバヤ空港は、まあこれもジャカルタ空港同様無機質な感じだった。

フライトはlion airで一時間くらい遅延したが無事バリに着いた。ここで、知り合いの知り合いが来た。彼はアメリカで高校と大学を終えており、なんというかアメリカの高校生のような英語を話していた。broとfuckとshitを連呼する感じ。この人に連れて行ってもらって晩御飯を食べた。ミーゴレンのアチェ版。普通のミーゴレンより辛味が強い。自分は普通のミーゴレンの方が好きだな。後、ミーゴレンアチェにはガンジャやマリファナが含まれているという話も聞いた。本当かわからないけど。バリではお酒が飲めるぞと言われたけど(ジャワ島では飲めなかった)、元々呑まないのであまり自分には関係なかった。

ホテルに着いた。インナバリヘリテージというホテル。4人部屋で一泊5000円程度だったと思う。ホラーに出てきそうな古びた洋館で、シャイニングを思い出した。これは古いコロニアル様式の建物らしい。ちなみにインドネシアのホラー映画では、大体こうしたコロニアル様式の建物が舞台になるのでインドネシア人にとっても、ホラーの館に見えるらしい。


インドネシア(ジャワ島・バリ島)旅行記2・ジョグジャカルタ

次の日、午前5時半に起きる。空港に行くのにGrabというタクシーアプリを使ってみた。UBERとは違い、クレジットカードを登録しなくても利用できるけれど、自撮り写真を登録しないといけないようだ。自撮り写真はアプリ内で起動されるカメラで撮らなければいけないので(しかも顔の位置をちゃんと合わせないと撮れない)、自分の写真でない画像をアップロードすることが難しい仕組みになっていた。空港までは、130kルピアほどで安い。乗っている時間は45分ほど。

途中の道も、ジャカルタ中心部と比べると廃れたような町並みだった。空港周辺は低所得者層が住む地域のようだ。

着いた時、130kルピアがなかったので、150kルピア渡そうと思ったらお釣りがないとのことで頑なに受け取らなかった。お釣りは要らないと言うと、だったら100kルピアで良いと言って去っていった。衝撃的だった。こんなことはインドでは絶対に起こらない。むしろ最初の値段より上がることが多い。お釣りは要らないと言っているのに受け取らず、まけてくれるとは。倫理意識の高い国民性なのだろうか。

空港に着く。空港は国際線に比べると国内線の方が、寂れている。清潔ではあるのだけれど、首都の空港らしい壮大さが無い。

エアアジアで、ジョグジャカルタまで行く。3000円程。安い。機内がどんな感じだったかまるで覚えていないが、特に不満はなかったはず。

ジョグジャカルタに着く。割と大きな空港。客引きが多いけど、2回ほど断るといなくなる。インドのデリーやパレスチナのベツレヘムのようなしつこさはない。

バスでマリオボロまで向かう。バス内では、進んで老人に席を譲る人がいたり、この国の人の優しさを感じた。しかし、めっちゃ揺れた。外の景色もジャカルタと比べると明らかに発展していない感じがする。インドよりは道路が舗装されているし、ゴミも落ちていないけど、砂埃が多くて、肺に悪そう。

マリオボロ通りの店。スリカンディ(マハーバーラタの女英雄)やラーマーヤナ(インドの叙事詩)と言った店名が目に付く。ヒンドゥー教文化の影響が強いことが察せられた。

マリオボロに着く。屋台が多く見える。モールでご飯を食べた。インドネシア料理かと思ったが、これは中国料理らしい。

本屋があるので覗いてみる。英語の本も多かったが、インドネシア語の本もあった。そして日本の漫画が大量に置いてある。一冊200円くらい。安い。

こっちは日本の漫画じゃないだろうけど、絵柄が明らかに影響を受けている。

ホテルで約束していたTwitterで知り合ったインドネシア人と会う。写真は載せないが、髭と髪がやたらと長い人で、他のインドネシア人から「イエス・キリスト」と呼ばれていた。母国語はジャワ語で、インドネシア語も流暢に話せる。ホテルの受付の人が英語があまり通じなかったので代わりに話してもらって助かった。しかし、現地民であっても、あまり旅慣れはしていないらしく、料金を聞く前に流しの人力車に乗ったりして、高めの値段を取られていた。(とは言え200円くらいだけれど)。私が代わりに払った。

夕食はホテルの近くのチェーン店らしき場所で食べた。バイキングのような形式だが、取る量は自由でしかも何を取ったかは自己申告制らしい。200円くらいだったが、インドネシア人の連れは、高いと言っていた。夕食が200円で高いという物価感覚なことに驚いた。自分は先日700円の夕食を食べたのだが……。

夜は、ワヤンをソノブドヨ博物館に観に行った。ここでは、毎日ワヤンを演奏しているらしい。2時間で、50円程度。安い。インドネシアはインドと違って外国人観光客は別料金というシステムが無くて良い。

ワヤンは演者が話す言語が古代ジャワ語なので、何を言っているのかは全くわからなかったが、音響はすばらしかった。建物の作りが音を反響しているのか、音に包まれているような感覚になった。人形の動きに合わせて、大きな音が鳴ったりするのはとてもよかった。観客はほとんど外国人で、中国人と欧米人が多かった。同行したインドネシア人はジャワ語が母国語らしいけど、全くわからないと言っていた。昔の貴族が使ったhigh javaneseは、ほとんど別の言語に聞こえるらしい。しかし、ジャワ人はワヤンなどはほとんど観ないらしく、ほとんど外国人向けの産業になっているようだ。同行した人も初めて観たと言っていたのが意外だった。

近くにワヤンのお店もあった。値段は結構高めだった。

次の日はボロブドゥールとプランバナンに行く予定だったが、同行するインドネシア人の友人を待っていたら結局プランバナンにしか行けなかった。

この時点で、インドネシアの人は割と、時間や約束にルーズだという印象を受けた。

昨日も待ち合わせで15時に着くと言いつつ、実際には16時だったし、今日は9時に来ると言いつつ、結局12時くらいになった。ジョンバンからバリに行く方法についても10時間以上かかると伝えたら、いや6時間で着くと言ってきたのでそれを信じたが、実際には10時間以上かかるルートしかなかったりした。

まぁ旅行中に怒るのもいやなので、流れに合わせることにした。

昼は、昨日会ったインドネシア人の友人二人と合流して4人になる。

朝ごはん兼昼ごはんはグダという牛肉も甘くしたものを食べる。美味しい。牛肉の缶詰を更に美味しくしたような感じ

ここでインドネシア人7人と合流して、結局8人になる。全員アニメ好きだったので、そういう話が出て弾んだ。メンバーの中にazkaといえ名前の人がいて、別の人が「こいつは惣流アスカラングレーだ」などといって笑いが起きた。車内には、コードギアスとか初音ミクやカードキャプター桜の曲が流れていた。

プランバナンは、道路が混んでいて結局行くのに1時間ほどかかった。

プランバナンは、古マタラム王国の寺院群の10世紀くらいに作られたらしい。インド本土の寺院と比べても違っているように感じるが、どちらかというと北インドの寺院に近い。王冠のような構造物がたくさん並んでいる。補修された部分もあるようだけれど、古い寺院のせいか、全体的に朽ちかけているように見えた。

王冠のような構造物。上部についているものはシヴァリンガのように見える。

帰りは、ご飯を食べる。同行した人ひとりの誕生日だったらしく、おごってくれた。何故誕生日の人がおごるのかわからないが、普通逆ではないかと思うのだが、インドネシアはそういう文化らしい。

牛肉料理だった。まあバーベキューのような味。昨日の夜ご飯もそうであったが、インドネシア料理は全体的に肉料理が多いように感じた。「インドネシアは島国なのに魚料理より肉料理が多いのは何故なんだ?」と聞いてみたが、インドネシア人は「わからない」と答えた。勿論肉と言ってもイスラム教国なので豚肉は無いのだけれど。

この後、中心地に向かうとお祭り状態になっていた。インドネシアの町は休日の夜は大体お祭りのようになるらしい。ドラえもんやらピカチュウやらハローキティのデコ車が走っていたが、絶対に版権の許可をもらってないと思う。

屋台でアイスと謎の生姜スープを食べる。

ジョグジャカルタの広場には、二つの巨木があって、その間を目隠ししたまま真っ直ぐ通り抜けられると、生涯の伴侶を見つけられるらしい。自分は二回やって1回目は全然ダメだったけど、二回目で成功した。しかし、伴侶は見つかりません。

この日は、ホテルに戻ると一時くらいになっていた。

電車のチケットを発券しなくてはいけなくて、駅まで行くのだが、出発駅でないと発券できないと言われ、別の駅に向かってようやく発券する。

ちなみに、そのやり取りはインドネシア人にやってもらった。

英語通じないので自分だったら詰んでいた可能性がある。

ホテルに戻りお風呂に入って眠ることにした。インドネシア人は朝に風呂に入って夜には入らないらしい。
同行したインドネシア人が自分を真似して、夜に入ったら気持ちよく眠れて驚いたと言っていた。

インドネシア(ジャワ島・バリ島)旅行記1・ジャカルタ

2019年7月末から8月初旬までインドネシアのジャワ島横断した旅行記を書く。

行った都市はジャカルタ→ジョグジャカルタ→ジョンバン→スラバヤ→バリ@デンパサール→ウブド→デンパサール

割と厳密な予定を決めずに言ったけどなんとかなった。

インドネシアはジャワ島とバリ島のヒンドゥー文化に昔から興味があったのだけれど、先延ばしにしていてなかなか行けていなかった。

きっかけはSNS上でインドネシア人と交流するようになったことだった。最近、DiscordやTwitterで日本のアニメとか漫画が好きな外国人とチャットするのが趣味になっていて、インドネシア人ともその関係で知り合った。

「インドネシア行きたいんだけど行ったら案内してくれる?」

と話したら快諾してくれたので行くことにした。その人物は、ジャワ島のマランというところに住んでいるらしい。とりあえず、ジョグジャカルタで合流するという約束を取り付けた。

昨今インターネットで知り合った人と会うのは危険などと言われており、外国に会ったことの無い人に会いに行くのはなかなかリスキーと思われるかもしれない。しかし、その心配は全くしていなかった。なぜなら、彼は日本の漫画に異常に詳しく、そんなに詳しい人が詐欺師であることは無いだろうと確信していたからだ。

彼はwhite album2のファンだったので、秋葉原のラジオ会館でwhite album2のタペストリーを買ってお土産とすることにした。

「お金払うから抱き枕カバー買ってきて」

などと言われたのだけれど、値段が高いし、会えるかどうかが確実ではないのでそれは断った。

羽田空港から、ジャカルタまでANAで行った。

今回の旅行はマイレージを使っている。行きの便は羽田→ジャカルタがANA、帰りの便、バリ(デンパサール)→シンガポール→羽田がSQ(シンガポール航空)。空路はかなり快適だった。

ジャカルタ空港に着く。午前4時という深夜に到着。お金はATMでおろした。この時のレートは100ルピア9円くらいだったと思う。空港は割と綺麗だけど殺風景だった。入国審査は、何日いるのか?と、目的は?しか聞かれなかった。持ち物検査も簡単に通る。飛行機に乗っている人はヒジャブをかぶっている人が多くイスラム教国に来た実感が出た。

空港の様子

タクシーの声かけが多いけどタクシーは使わないと決めていたので無視する。

トイレ、便座の横に蛇口があったのでこれが流すやつかと思って回すとウォッシュレットだった。ふくらはぎに水がかかる。股間とかお腹じゃなくてよかった。

予定より1時間くらい早く着いてこれで市内着いても暇なので少しグダグタする。バスか電車かで迷ったけど、電車にしようと決める。ターミナルから、空港駅までのシャトル列車が無料。運行間隔は別の人のブログだと30分間隔と書いてあったが、見ると15分間隔だった。本数が増えたのか?降りようとすると、係員の人がここは駅だが良いのか?と聞いてくれる。合っていると返して、ありがとうと言うと笑顔を返してくれたのでこの国の印象が良くなる。この国の人に擬態しようと思っていたが、色黒の自分より更に色黒の人が多い。髭も生やしてきたのだけれど、髭は剃っている人もいるようだ。

駅のバス乗り場

空港から市街地BNI cityまでは70000ルピア。500円くらいか。乗車時間は30分ほど。そんなに安くはない。券売機で買うシステムらしくクレジットカードかデビッドカードでしか買えないようだった。

空港の駅。かなり近代的
市街への電車

ちょっと進むとスラム街のような地域を通るようになる。トタンや瓦で、できた屋根が多い。線路の間近に家屋が林立している。この時点では貧しい国なんだろうかという印象を持った。

駅に着く。外は少し靄がかかっている。七時だったが、交通量が異常に多い。降りた駅はジャカルタの中心部だったらしく、高層ビルがたくさん立ち並んでいた。電車の中で見たスラム街のような景色とはえらい違いだ。道路もきちんと舗装されていて、インドやアメリカの道路のように凸凹したところがない。歩道は工事中のような場所や、穴ボコが割とあったりしたが、車が走る道路はちゃんと整備されているようだ。信号もちゃんと時限式のがある。ホテルはAshleyホテルというところに泊まった。写真撮り忘れたけど、綺麗で朝ごはんもミーゴレンやナシゴレン、フルーツや生野菜もあり、良かった。

日本大使館。かなり大きい。

とりあえず、ホテルに荷物だけ預けて国立博物館に向かう。8時開場と地球の歩き方には書いてあったが、実際には8時半だった。入場料は10kルピア(約90円)だけど、100kルピア札しかないと言ったら無料で入れてくれた。中庭に仏教やヒンドゥー教の石像が並ぶ。後はジャワ原人関連や、木造伝統建築、古いジャワ語の石碑などがあったけど、目当てのワヤンの展示はあまりなかった。本館?は一階のみで、別館は四階まであったけど、各階がそれほど大きくなかったので、それほど目を瞠る展示はなかった。

博物館の近くにあるアルジュナ像。道路の近くにあるのであまりじっくり見られなかった。
博物館の外観。
バイラヴァブッダの像。バイラヴァは一般的にシヴァ神の化身と呼ばれているので、それとブッダが習合しているのは意外だった。

次はコタに向かった。タクシーでも良いのだが、路線バスを使いたかったので、路線バスに乗る。Suicaのようなカードを自然購入する形式で40kルピアだった。物価を考えると高め。一回3.5kだと思うけど、二回しか乗らなかった。

コタに着く。植民地時代の様式の建築物が並ぶ。

ここではワヤン博物館に行った。入場料は5k(約45円)。めちゃくちゃ安い。博物館の名の通り、いろんなワヤン人形の展示があったけど、結構雑多に置かれていて、どういう順番で置かれているのか全く傾向が掴めなかった。建物の中は結構ボロく二階にいくと床が軋んでいた。ガムランの演奏や実際のワヤン劇の映像を流してくれればよかったと思うが、そういうのはなかった。家系図のようなものもあった。全体的に説明はインドネシア語のみで、英語の説明は3割くらいにはあったけれど、文法がおかしかったりする。売店もあり、ワヤンのキーホルダーを買った。一つ20kというので三つ買ったが、お釣りがおかしい。抗議してみると、twentyと言いつつ25kを電卓に叩いていて、それはtwenty fiveだろと何度か水掛け論を繰り返していた。twenty fiveを英語でなんて言うのか知らないのかなという結論に落ち着き、そのまま払うことにした。

ワヤンの絵画
クリシュナが变化した巨人らしい。この伝承は知らなかった。
↑の画像の巨人の説明。「クリシュナはTwirikramaという巨人に変化した。カウラヴァの兵は驚いて逃げ出した」。この描写はインドのマハーバーラタには無いらしいです。

この後、昼ごはんを食べる。ミーゴレン。焼きそばっぽいけど、食べたことのない香辛料の味もする。18kルピア。

バスでモナスに戻る。この時どのバスに乗ればいいか日本語で説明してくれる係員がいて助かった。

バス停まで歩いていったのだけれど、交通量が多く、車は信号を無視してくるので、横断歩道を渡るのが非常に危険だと感じた。止まってくれる車もあるのだが、その奥の車は突っ込んできたりするので、かなり慎重に歩かないといけない。スピードを出しているので、インドより危険かもしれない。

モナス。独立記念塔のような扱いらしい。132mなのでそれほど高くないが、それより高いように見える。入場料が展望台までで25kルピア(約200円)。しかし、別に入場カード料金を10kルピア払わないとならず、しかもこれは入場カードを返しても戻らないらしい。だったら最初から入場料35kと書けと思うのだが、まあ安いからよしとする。

展望台の地下にはジャワ原人時代から独立までの歴史を示すパネルがあった。

東ジャワに13世紀に栄えたシンガサリ王国はシヴァ教と仏教の混交宗教が信仰されていたらしい。そういえば、国立博物館にもシヴァ神とブッダが同一視された像があった。

日本の占領時代については、強制労働で数千人が命を失ったと書いてあり、肯定的な記述は全くなかった。日本がオランダを追い出したおかげでインドネシアが独立したという人たちが日本にはいるが、インドネシア人でそう思っている人はほとんどいないだろうと思う。

展望台には制限された人数しか登れないらしく、40分くらい待った。展望台の景色。

イスティクラルモスクにも行こうとしたが、午前4時に飛行機着陸してから20kmくらい歩き回って疲れたのでもうホテルに帰ることにした。ホテルに戻ると、すぐに寝てしまったのだが、奇跡的に2時間くらいで起きた。19時前だったので夜ご飯を食べにモールに行くことにした。行くまでの間に、交通量が非常に多くかつ信号無視をするので危険だと感じた。他のインドネシア人も焦りながら走っていたので、危険だと感じるのは旅行者だけではないようだ。モールは近代的で先進国のモールと比べて区別が付かない。日本のレストラン(大戸屋)も多く入っていた。ゲームセンターもあった。適当なレストランに入りナシゴレンとジュースを注文。700円くらい。おそらく一般的なインドネシアの価格設定から考えるとかなり高めなのだろうけど、それでも日本人からすると安い。その後モール内をぶらぶらする。靴を買おうと思ったが、ナイキのが二万円くらいで全然安くないのでやめた。そして再びホテルに戻り寝た。

夕食のナシゴレン。
モールの様子。

次の日は、飛行機でジョグジャカルタに行って、インターネットで知り合ったインドネシア人に会う予定。

アシュヴァッターマン名場面集

マハーバーラタの登場人物であるアシュヴァッターマンの概要と名場面を書きます。

注1:7巻までであれば、上村訳マハーバーラタを参照し、それ以降であれば、Ganguli訳を参照します。英語からの訳は私がしているので、誤りなどあればご指摘ください。

注2:また、マハーバーラタの概要については過去に記事を書いたのでこちら(マハーバーラタ解説1:あまりにも巨大な書物)をご覧ください。

アシュヴァッターマンはマハーバーラタの中では比較的無名な人物で、私がインド人の友人に聞いても知らない事が多いです。しかし、以下の二点から、マハーバーラタ作中で異彩を放つ人物です。

  • ヒンドゥー教二大神の一人シヴァ神の半化身[上村訳マハーバーラタ7巻672p]
  • クルクシェートラの戦いに参加した主要人物の中で、マハーバーラタ終了時にも唯一生き続けている人物。(注:主要と書いたのは恐らくユユツも生存しているからです。)

アシュヴァッターマンは正直マハーバーラタの7巻後半まであまり目立ったことはしません。アシュヴァッターマンが行う目立った行動とその前後の出来事をまとめると以下のようになります。(アシュヴァッターマンが行った行動は太字にします)

クルクシェートラの戦いにおいて父親ドローナが奸計によって殺される(7巻)

アシュヴァッターマン、激怒し、ナーラーヤナの武器を使う(7巻)

ドローナの次の司令官カルナ、その次の司令官シャリヤが次々と倒れ、アシュヴァッターマンの属するカウラヴァ軍が壊滅する(8、9巻)

カウラヴァの王ドゥルヨーダナ(アシュヴァッターマンの親友)がビーマの卑怯な手段によって瀕死の重傷を負う(9巻)

アシュヴァッターマン、瀕死のドゥルヨーダナを見て敵軍の抹殺を誓う(10巻)

アシュヴァッターマン、敵軍の陣地に夜襲をしかけ、6人の戦士を除いて壊滅させる(10巻)

生き残った敵軍パーンダヴァ軍の戦士6人がアシュヴァッターマンを追う(10巻)

アシュヴァッターマンとアルジュナが神的な武器ブラフマーシラスを放つが、聖仙ヴィヤーサに仲裁される(10巻)

アルジュナの息子の妻の胎内にブラフマーシラスを放ち、パーンダヴァの系譜を断つ(10巻)

クリシュナに呪いをかけられ、額の宝石を奪われて追放される(10巻)

この記事では、実際のマハーバーラタ中の描写が素晴らしいので、上の流れに沿ってそれを紹介します。

アシュヴァッターマンは、パーンダヴァ5王子とカウラヴァ100王子共通の師匠であるドローナの息子です[上村訳マハーバーラタ1巻259p]。アシュヴァッターマンはマハーバーラタにおける悪役ドゥルヨーダナの親友として描かれています。どうしてこの二人が仲良くなったのか、原典には私の知る限り描かれていませんが、父親であるドローナが「私は息子のアシュヴァッターマンよりも、アルジュナを尊敬している」という発言をしている事から[上村訳マハーバーラタ5巻137章396p]、「父親がアルジュナばかり贔屓するため、その反動としてアルジュナを憎んでいるドゥルヨーダナに近づいた」と妄想考えられます。インドのドラマStarplus版マハーバーラタでも、 父親に反抗的なアシュヴァッターマンの姿が描かれています。

## 名場面1:ドローナの死
しかしそうは言っても、親子愛は強かったようで、ドローナは戦争の15日目に息子が死んだいう嘘の情報に騙されて絶望し、武器を手放します。その隙を狙ったドリシュタドゥムナに首を刎ねられ、 ドローナは絶命してしまいます。

大王よ、彼のその言葉を聞いて、またクリシュナの言葉にかりたてられ、そしてまたそれは運命付けられたことであるから、ユディシティラはその通りに言おうとした。王よ、虚偽を言うことを恐れ、しかし勝利にこだわり、不明瞭に「象(のアシュヴァッターマン)が殺された」と(ユディシティラ)告げた。その前には彼の戦車は地上から上方に四アングラ離れたところを走っていた。しかし、このように告げたために彼の乗り物は地上に触れるようになった。
一方、勇士ドローナはユディシティラからそのような言葉を聞いて、息子の災難を嘆いて、生きる希望を失った。彼は聖仙の言葉を聞き、また息子が殺されたと聞き、自分は偉大なパーンダヴァたちに罪を犯したと考えた。そしてドリシュタドゥムナを見て当惑し、この上なく悲嘆に暮れ、以前のように戦えなくなった。敵を制する王よ。この上なく悲嘆に暮れ、悲しみで心を乱した彼を見て、パーンチャーラ国王の息子ドリシュタドゥムナは彼に襲いかかった。
[上村訳マハーバーラタ7巻164章614ページ]
武器を捨てた彼の身体は幾百の矢で傷つき、血が滴っていた。一方ドリシュタドゥムナは、すべての者たちに非難されながらも彼に触れた。そして身体から生気が去り、何も言わない彼の頭をつかんで、刀でその頭を胴体から切り取った。ドローナが倒された時、ドリシュタドゥムナは大喜びして、戦場で刀を振りまわし、獅子吼をした。[上村訳マハーバーラタ7巻164章616ページ]

## 名場面2 ドローナの死を知るアシュヴァッターマン
軍の総大将であったドローナが死ぬと、カウラヴァ軍は壊走を始めます。自軍の逃げていく様子を見て、不思議に思ったアシュヴァッターマンは親友ドゥルヨーダナにその訳を尋ねます。ドゥルヨーダナは、その訳を話すとアシュヴァッターマンが悲しむという事を知っていたため、伝えようとするも言葉に詰まり、代わりにアシュヴァッターマンの叔父であるクリパにその事を伝えてくれるよう頼みます[上村訳マハーバーラタ7巻612-632p]。

ドローナの息子は、自軍がさっさと逃げるのを見て、ドゥルヨーダナに近づいて次のように言った。「バーラタよ、どうして軍隊は恐れたかのように逃げるのか。また王中の王よ、あなたはどうして逃げる軍隊を戦場にとどめないのか。王よ、あなたも以前のように平静さを保っていない。そしてこれらのカルナなどの諸王も踏みとどまらない。他の戦いにおいてはこの軍隊は決して逃げ出さなかった。バラタ族の勇士よ、あなたの軍隊は恙無いのか。クルの王よ、いかなる戦士のうちの獅子が殺されたら、あなたの軍隊がこのような状態になるのか、それを私に話してくれ。」王中の雄牛ドゥルヨーダナはドローナの息子の言葉を聞いても、恐ろしく不快なことを話すことができなかった。あなたの息子は破船のように、悲しみの海に沈み、戦車に立つドローナの息子を見て涙に暮れた。それから王は、恥じらいながらクリパに言った。「どうかすべてを告げてくれ。わが軍が逃げるわけを。」王よ、そこでクリパは、何度も苦悩しながら、ドローナが倒された次第をその息子に語った。[上村訳マハーバーラタ7巻165章]

## 名場面3 ナーラーヤナの武器を使うアシュヴァッターマン
父の死を知ると、アシュヴァッターマンは激怒し、マハーバーラタ中最強の武器の一つであるナーラーヤナアストラを使用します。

ドローナの息子は父が詐術により邪悪な男に殺されたと聞いて、怒りにより涙にまみれた。王中の王よ、怒った彼の身体は、終末の時に生類を殺そうとする死神のそれのように輝いて見えた。それから彼は涙に満ちた両眼を何度も拭って、怒りにより息を吐いて、ドゥルヨーダナに次のように言った。
「武器を捨てた私の父が卑しい者たちに倒された次第、そして法(ダルマ)の旗を掲げる者によって悪事がなされた次第を私は聞いた。そして悪逆非道なダルマの息子(ユディシュティラ)の卑劣な行為を私は聞いた。戦いに従事する者たちには、必ず勝利か敗北かの二つがある。王よ、そこで死ぬことは讃えられる。戦場で戦う者が正しく行動して死ぬことは、悲しむには及ばない。このバラモン(ドローナ)のように。私の父は疑いもなく英雄の世界に行った。だからその人中の虎が逝去したことは悲しまれるべきではない。しかし、全ての兵が見ている前で、法(ダルマ)により行動する者でありながら彼が髪の毛をつかまれたということが、私に断末魔の苦しみを与える。欲望、怒り、軽蔑、慢心、幼稚さ、侮辱により人々は法にもとることをする。きっと邪悪で無慈悲なドリシュタドゥムナは私を軽蔑してあの非道を行ったのだ。そこでドリシュタドゥムナはその非常に恐ろしい結末を見るであろう。そして最高に卑劣な行為をして、偽りを述べたパーンドゥの息子も。あの時ダルマ王は詐術により師匠に武器を捨てさせた。今日、大地はそのダルマ王の血を飲むであろう。私はありとあらゆる手段によりパーンチャーラ族を殺すよう努力する。そして私は、悪事をなすドリシュタドゥムナを戦いにおいて殺すであろう。クルの王よ、私は硬軟の手段によりパーンチャーラ族を殺して平安を得るであろう。人中の虎よ、人は現生と死後において、大きな恐怖から救われるために、息子を得ることを望む。しかし、私の父は、弟子である山のような息子の私が生きているのに、縁者がいないかのように、あのような状態に陥った。私の諸々の神的な武器が何になる。両腕が何になる。勇武が何になる。私を息子として得ながら、ドローナが髪の毛をつかまれるとは。バラタの最上者よ、そこで私は、他界した父に対し負債を返せるようなことをやりたい。高貴な人は決して自慢すべきでない。しかし私は、父を殺されたことに我慢できず、今日、自分の力について述べる。パーンダヴァたちとクリシュナは今日、私の力を見るがよい。私が全ての敵軍を粉砕し、宇宙紀(ユガ)の終末を作り出す時。人中の雄牛よ、実に神々、ガンダルヴァ、阿修羅、羅刹といえども、今日戦いにおいて戦車に乗る私を打ち破ることはできない。この世で最も武器を知る者は、私かアルジュナの他にいない。私は燃える光線の中の太陽のように、軍隊の中にいて、神の造った武器を用いるだろう。今日、戦場で私が激しく弓から発する矢が、その力を示しつつ、パーンダヴァたちを粉砕するであろう。王よ、今日すべての方角が大雨で満たされるように鋭い矢で覆われるのを我らの兵は見るであろう。私は、恐ろしい音をたてて、いたるところに矢の群を放って、強風が樹々を倒すように敵どもを倒すであろう。アルジュナ、クリシュナ、ビーマセーナ、双子、ユディシティラ王も、その武器について知らない。邪悪なドリシタドゥムナも、シカンディンも、サーティヤキも知らない。それを準備し、回収する方法とともに、私に属する武器について」[上村訳マハーバーラタ7巻166章]

ナーラーヤナの武器が現出した時、雨を伴う風が吹き、雲もないのに雷鳴が聞こえた。大地は揺れ動き、大海は動揺した。そして河川は逆に流れ始めた。バーラタよ、山の峰々は裂け、全ては闇に覆われ、太陽は汚れた。その時全ての王は、ドローナの息子の恐るべき武器を見て、苦しみ、途方に暮れていた。[上村訳マハーバーラタ 7巻 639p]

この武器は結局ナーラーヤナ(ヴィシュヌ)の化身クリシュナによって鎮められます。この時は、パーンダヴァの軍隊に大きな損害を与えたものの、まだ壊滅的な打撃を与えるには至っていません。

## 名場面4 瀕死のドゥルヨーダナ
この後、アシュヴァッターマンの属するカウラヴァ軍の総司令官はカルナになります。そしてカルナの死後、シャリヤになりシャリヤが倒される頃には、カウラヴァ軍は壊滅寸前になります。
カウラヴァの王であるドゥルヨーダナが、ビーマとの一騎打ちの末、反則行為によって瀕死の重傷を負います。 そこへアシュヴァッターマンが現れ、瀕死の親友を見て嘆き悲しみ ます。
ドゥルヨーダナは虫の息で、アシュヴァッターマンを軍の最高司令官に任命します。(しかし、この時カウラヴァ軍の生き残りはアシュヴァッターマンを含めて僅か3人でした) それを受けてアシュヴァッターマンは、親友を深く抱きしめ、雄叫びを上げながら、必ず敵軍を皆殺しにする事を誓います[Ganguli; Shalya Parvan; Section65]。

王よ、ドローナの息子の眼は涙にあふれ、蛇のような息を吐いて、この世で最上の王であるバラタ族の長(ドゥルヨーダナ)、に次のように述べた。
「全く、この世に不変のものなどないのだろう。人中の虎である貴方が、埃にまみれ大地に伏しているとは!貴方はこの大地すべてに命令を行き渡らせた王であった! その貴方が、むき出しの荒野に一人伏しているのはどういうわけだ?
私は貴方の隣に、ドゥフシャーサナを見ない。偉大な戦車乗りであるカルナも、幾百にもなるその仲間を見ない。これはどういうことなのだ。人中の雄牛よ。全く、ヤマ(死神)のやり口は学び難いものだ。数多の世界の王である貴方が埃にまみれてむき出しの大地に伏しているのだから。
あぁ、この敵の殲滅者は、戴冠式で聖なる水をその巻毛に浴び、貴族(クシャトリヤ)たちの先頭を歩いたものだ。あぁ、その彼が今土を食んでいる!  見よ、時は彼の道筋を逆転させてしまった! 貴方の清らかな白傘はどこにいったのか?風を送るヤクの尾はどこにいったのか、おぉ王よ。貴方の無数の軍隊はどこにいったのか、王中の王よ。因果の道筋は不可解という他ない。世界の主である貴方でさえ、このように落ちぶれてしまったのだから。疑いようもなく、生きとし生けるものの栄華は儚いものだ。シャクラにも等しい貴方が、これほど悲惨な状態に陥っているのだから」
アシュヴァッターマンの嘆きの言葉を聞いた貴方の息子(ドゥルヨーダナ)はその場にふさわしい言葉を述べた。ドゥルヨーダナは、目を手でこすり、再び悲しみにより涙を流した。そして王は、クリパに率いられたそれらの英雄に言った。

「これらの生きとし生けるものの死への運命は、神により定められたものだと言われている。死は時の流れの中で全ての存在にもたらされるものだ。その死が、今私の元に訪れたのだ。お前たちの目の前に! 全世界を統治した私は今や落ちぶれた。幸運にも、どんな災厄が訪れようとも、私は戦いにおいて決して尻込みしなかった。幸運にも、私は騙し討ちに頼った罪深い者たちによって殺された。幸運にも、戦争に従事しながらも、私は勇気と忍耐を示し続けてきた。幸運にも、私は戦いで殺された。同胞や仲間と共に。幸運にも、私は貴方たちがこの大殺戮を生き延びて、なお壮健でいるのを見た。これは喜ばしいことだ。私の死を悲しんではならない。もしヴェーダが正しければ、私は間違いなく、多くの永遠の地を手にしたのだから。私はクリシュナの計り知れない力の栄光を知らないわけではない。彼は、貴族(クシャトリヤ)の義務の遵守を私に破らせることはできていない。私は彼を手に入れたのだ。どのようなことがあっても、私のために悲しんではならない。
そなたたちは、そなたたちのような人間がなすべきことをした。そなたたちは、私の成功のために戦ってくれた。しかしながら、運命を変えるのは難しいものだ。」

こう述べた後、王は目に涙を浮かべ静まった。
王が涙を浮かべ悲しんでいるのを見たドローナの息子は怒りに燃えた。それはまるで、世界の終末の火のようであった。(アシュヴァッターマンは)怒りに呑まれ、拳を握り、涙を浮かべてしわがれた声で言った。

「私の父はあの悪党どもの残酷な計略によって殺された。
しかし、その出来事は、貴方の今の惨状ほどには私を怒らせはしなかった。王よ、私が発する言葉を聞いてくれ。真実に誓うその言葉を。王よ、私の信心、才覚、信仰、これまで得た功徳にも私は誓う。私は今日、ヴァースデーヴァの御前にて、パーンチャーラの者どもをヤマ(死神)の住処に送ることを。王よ、私にその許可を与え給え。」

ドローナの息子の言葉を聞いたクルの王(ドゥルヨーダナ)は、非常に満足した気持ちになった。そしてクリパに言った。師よ、私に、桶いっぱいの水をすぐに持ってきてくれ。

王のこの言葉を聞くと、僧侶(ブラーフマナ)の最上者は、器いっぱいに入った水を持って王に近づいた。王よ、貴方の息子(ドゥルヨーダナ)はクリパに言った。

「ドローナの息子、僧侶(ブラーフマナ)の最上者を、私の命令の元で、総大将に任命してくれ。もし、私の良きに計らってくれるのであれば。王の命令の元では、僧(ブラーフマナ)ですら戦うことができる。とりわけ、戦士(クシャトリヤ)の鍛錬を積んだものであれば。聖典から学んだ者たちはそう言っている」

王の言葉を聞いたシャラドヴァットの息子クリパはドローナの息子を総大将に任命した。王の命令の元で! 任命が終わると、王よ、アシュヴァッターマンは、最高の王(ドゥルヨーダナ)を抱きしめ、その場を離れた。彼の獅子のような咆哮は十箇所で共鳴した。王の最上者ドゥルヨーダナは、多くの血に塗れていたが、そこで夜を過ごした。その全ての生きとし生けるものにとって恐ろしい場所で。戦場から足早に離れると、王よ、その戦士たちは、悲しみによって動揺していたが、真剣に思案をしはじめた。[The Mahabharata, Book 9: Shalya Parva: Section 65](https://www.sacred-texts.com/hin/m09/m09065.htm)

## 名場面5 アシュヴァッターマンの夜襲
夜中、瞑想をしている最中、梟が烏に襲いかかる様子を見て、アシュヴァッターマンはある事を閃きます。それは、パーンダヴァ軍の陣営に夜襲をしかける事でした。勿論それは不法行為として非難されるべきものです。生き残った他のカウラヴァ軍の戦士クリパとクリタヴァルマンと口論になります。しかし、父と親友を不法行為によって殺されたアシュヴァッターマンは、不法には不法をもって復讐しても構わないと考え、その実行を決意します。

寝静まったところを襲って、父を殺したパーンチャーラ族を抹殺できるなら、私はたとえ来世に地を這う虫けら、羽の生えた虫けらに生まれ変わっても構わない。[The Mahabharata, Book 10: Sauptika Parva: Section 5](https://www.sacred-texts.com/hin/m10/m10005.htm)

実行の前、アシュヴァッターマンはシヴァ神に祈祷を行います。すると、シヴァ神はアシュヴァッターマンを祝福し、剣を与えます。シヴァに祝福されたアシュヴァッターマンは最早敵なしの状態になりました。同時に襲いかかってきたパーンダヴァ5王子の5人の息子を返り討ちにし、殺害します。 最終的にはこの夜襲によって1万人以上いたパーンダヴァの軍隊は全滅します。しかし、その中には肝心のパーンダヴァ5王子はいませんでした。理由は語られていませんが、その時五王子は自軍の陣営から離れていたのです。

まず、アシュヴァッターマンはドリシュタドゥムナの元へ向かいました。ドリシュタドゥムナはアシュヴァッターマンの父ドローナを騙し討ちによって殺害した人物です。アシュヴァッターマンにとっては最も憎い相手だと言えるでしょう。ところで、ドリシュタドゥムナはアシュヴァッターマンの父ドローナの親友であるドルパダの息子でもあります。つまり、父の親友の息子が、アシュヴァッターマンにとって不倶戴天の敵となったわけです。(とはいえ、ドローナとドルパダはこの時期には既に仲違いしていましたが)

ドリシュタドゥムナの寝室に忍び込み、バーラタよ、アシュヴァッターマンはパーンチャーラの王が彼の眼前で寝ているのを目にした。美しいシルクのシーツがかけられた、高価で素晴らしい寝台の上で。
そこには美しい花輪が撒かれており、ドゥパの粉で匂いが付けられていた。王よ、アシュヴァッターマンは、気高い魂を持った王子を、安心しきった無警戒の彼を蹴り起こした。
蹴り上げられたことに気づいた王子は、戦闘において圧倒的な力と計り知れない魂を持つ王子は、目の前にドローナの息子が立っていることに気がついた。寝台から起き上がろうとすると、強力なアシュヴァッターマンは、彼の髪を掴み、頭を地面に押し付けた。
強力な力で押さえつけられた王子は、恐れと眠気から、その時アシュヴァッターマンの力に対抗することができなかった。王よ、アシュヴァッターマンは喉と胸を蹴り上げると、王子は、身悶え、叫び声をあげた。ドローナの息子は、動物にそうするかのようにドリシュタドゥムナを殺そうとした。
パーンチャーラの王子は、アシュヴァッターマンに爪を立て、最後に穏やかに言った。

「おぉ、師の息子よ。私を武器で殺してくれ。貴方の行いによって、私を聖なる地(天界)へと行かせてくれ」敵の殺戮者であるパーンチャーラの王の息子(ドリシュタドゥムナ)はこう言うと、その強力な英雄の力に襲われて、静かになった。ドローナの息子はこれを、朧げに聞いたのみであったが、

「おぉ、我が一族の敵よ、師を殺害した者たちのための地など無い。邪な知性を持つものよ、それ故に、貴様は武器で殺すに値しない!」

そう言いながら、怒りに満ちたアシュヴァッターマンは急所を踵で容赦なく蹴り上げ、仇を殺害した。ライオンが怒る象を殺すかのように。
その英雄の断末魔を聞くと、同じテントにいた妻たちや護衛が起き上がった。王よ、王子が人間離れした力で打ち砕かれるのを見ると、彼らは、襲撃者が超自然的な存在であると考えた。それ故に、恐れて泣くことはしなかった。
こうして偉大な力を持ったアシュヴァッターマンはドリシュタドゥムナをヤマの住処に送ると、美しい戦車に乗って進んでいった。王よ、辺りにはアシュヴァッターマンの咆哮のこだまが響き渡った。そして、彼は自らの戦車を残りの敵を抹殺するために陣営の中を進んでいった。[The Mahabharata, Book 10: Sauptika Parva: Section 8](https://www.sacred-texts.com/hin/m10/m10008.htm)

### 名場面6 :ドラウパディーの5人の息子と戦うアシュヴァッターマン

この後、シカンディンとドラウパディーの5人の息子とも戦闘します。シカンディンは1日目から10日目のカウラヴァの総司令官であるビーシュマ打倒の立役者です。ドラウパディーはパーンダヴァ五兄弟共通の妻で、五人と一人ずつ息子を残しています(プラティヴィンディヤ、シャタニカ、スータソーマ、シュルトセーナ、シュルトカルマ)。
息子たちはパーンダヴァたちの息子なので当然強力です。マハーバーラタの概要を書いた本では、シカンディンやパーンダヴァの息子たちの寝込みを襲ったと記述されている事が多いですが、Ganguli版では、6人とも起きた状態でアシュヴァッターマンと戦っています。

恐ろしい姿をしながら、まるでヤマ自身であるかのようにアシュヴァッターマンは陣営の中を疾走した。そして最後に、ドラウパディーの息子たちとソーマカの残党を見つけた。騒がしさに目覚め、ドリシュタドゥムナが殺された事に気がついた強力な戦車乗りであるドラウパディーの息子たちは、弓を構え、恐れることなくドローナの息子に弓を放った。
物音に目を覚ましたシカンディンとそれに率いられたプラバードラカは、弓矢によって、ドローナの息子を苦しめた。ドローナの息子は彼らの矢が自らに放たれているのを見ると、咆哮し、その強力な戦車乗り達を殺害する衝動に駆られた。
父が殺された事を思い出し、再びアシュヴァッターマンは怒りに満たされた。戦車から降りると、彼は怒りながら敵に突進していった。輝かしい千の月の盾と、神聖な金の飾りのついた大剣を持ち上げ、強力なアシュヴァッターマンはドラウパディーの息子に立ち向かい、武器を用いて攻撃しはじめた。そしてその人中の虎は、その恐ろしい戦いの中で、プラティヴィンドゥヤの腹を打ち、絶命せしめ、大地へ倒した。勇気あるスータソーマは、槍を用いてドローナの息子を貫き、剣をかかげ、突進していった。アシュヴァッターマンはしかし、スータソーマの剣をつかみ、腕ごと切り落とし、再び脇腹を打った。スータソーマは倒れ、落命した。

勇気あるシャタニカ、ナクラの息子である彼は、車輪を両手で持ち上げ、アシュヴァッターマンの胸に猛烈な勢いでぶつけた。再生するアシュヴァッターマンは、その車輪を破壊し、シャタニカに襲いかかった。
ナクラの息子は平静さを失い、大地に伏した。すぐさまドローナの息子はその首を切り落とした。そして、シュルタカルマは、針のついた棍棒を持ち上げるとアシュヴァッターマンに襲いかかった。怒りながらドローナの息子に襲いかかり、彼の前頭の左部分を強く打ち付けた。アシュヴァッターマンはシュルタカルマの顔をその比類なき剣で打った。感覚を失い、顔の形が崩れ、シュルタカルマは命を落とし、大地に倒れた。この騒ぎを聞きつけ、英雄であり、偉大な戦車乗りであるシュルタキールティは、接近し、雨のような矢をアシュヴァッターマンに放った。
盾で矢の雨を防いだアシュヴァッターマンは、耳飾りを付けた美しい顔を胴体から切り離した。すると、ビーシュマの殺害者である強力なシカンディンが、プラバードラカを連れて、アシュヴァッターマンをあらゆる方向からあらゆる武器で攻撃した。
シカンディンはアシュヴァッターマンを眉間の間から打放った。これに怒ったドローナの息子、偉大な力を持つ彼は、シカンディンに接近し、剣を以て2つに分断した。シカンディンを殺害したアシュヴァッターマンは怒りに満たされ、他のプラバードラカに襲いかかった。[The Mahabharata, Book 10: Sauptika Parva: Section 8](https://www.sacred-texts.com/hin/m10/m10008.htm)

## 名場面7 夜襲に怒るパーンダヴァ
再び陣営に帰ってきた五王子は、壊滅した自軍の陣営を見て怒りに震えます。そして、このような非道な行いをしたアシュヴァッタ ーマンを殺そうと考えます。
五王子に見つけられると、アシュヴァッターマンは禁じられていた武器であるブラフマーシラストラを放ちます。これに対抗し、アルジュナは同じ武器を放ちます。ブラフマーシラストラは二度放たれると、海の水が全て蒸発してしまうほどの破壊力を持った武器です。

決して打ちひしがれることの無い魂を持った彼は、その偉大なる武器を思い出した。それは、彼の父親から受け継いだものだった。そして彼は、一切れの草の葉を左手で持ち上げた。悲嘆に暮れながら、彼はその葉を、正しいマントラをもって、神的な武器に作り変えた。
パーンダヴァたちの矢、その強力な神の武器の使い手の出現に耐えることができなかった彼は、怒りと共に、次のような恐ろしい言葉を吐いた。

「パーンダヴァ達の破滅のために」
これらの言葉を言うと、人中の虎よ、比類なきドローナの息子は全ての世界を混沌に導くため、その武器を放ち、草の葉から炎が生じた。それはユガの終末のときのヤマ(死神)のように三界を滅ぼすことができるかのように見えた。
[[The Mahabharata, Book 10: Sauptika Parva: Section 13](https://www.sacred-texts.com/hin/m10/m10013.htm)]

ブラフマーシラスによって世界が破滅するのを防ぐため、聖仙ヴィヤーサ(マハーバーラタの作者)は双方に武器を収めるよう命じます。アルジュナはその言葉に従いますが、アシュヴァッターマンは武器の収め方を知らなかったため、 そのままブラフマーシラスをアルジュナの息子の妻であるウッタラーの胎内に放ちます。これによってウッタラーの胎児は死に、パーンダヴァ五王子の息子は全て死亡してしまいました。これを見たクリシュナ(ヴィシュヌの化身)は悲しみ、胎児を蘇らせます[Gangu li; Sauptika Parvan; Section1-16](この時蘇らせられた胎児パリクシットはバラタ族の王統の唯一の生き残りとして王国を繁栄させ ていく事になります)。
そして、クリシュナはアシュヴァッターマンに呪いをかけます。

クリシュナは言った。
「3000年の間、お前は大地をさまよい続けるであろう。共に行くもの、共に話すものはいない。一人孤独に、数多の国々の間を彷徨い続けなければならない。哀れな者よ、人々の中にお前の居場所はない。血と、悪臭を放つ膿がお前の身体から溢れ出すだろう。人の到達しがたい森、閑散とした荒野、それがお前の行く場所だ。罪深い魂を持った者よ、無数の病がお前の体を蝕み、大地を彷徨い歩くことになるのだ」[The Mahabharata, Book 10: Sauptika Parva: Section 16](https://www.sacred-texts.com/hin/m10/m10016.htm)

この呪いによってアシュヴァッターマンは不死となります。そして現在もガンガー河のほとりで生き続けていると言われています[The Siva Purana – Complete Set in 4 Volumes J.L. Shastri](今シヴァプラーナが手元にないので、具体的なページ数がわからないですが、実家に戻った時に確認します)。
不死となったアシュヴァッターマンには様々な目撃情報が伝承として残っています。 カンナダ版のマハーバーラタはアシュヴァッターマンが語ったもの をクマラヴィヤーサが記したのだとされています。(この情報はインターネット上でしか確認できていないので、文献で確認できたら追記します)

### アシュヴァッターマンの強さ
番外になりますが、アシュヴァッターマンはシヴァ神の半化身であって非常に強力です。5章にビーシュマがアシュヴァッターマンの力について語る場面があります。
ドローナの息子アシュヴァッターマンは一切の弓取りたちを凌駕する偉大な射手であり、戦場でめざましく戦い、強固な武器を取る偉大な戦士である。大王よ、アルジュナに匹敵する彼の弓から放たれた矢は、お互いにくっついて飛行する。なるほど、この誉れ高い男は、もし望めば三界をも燃やせるであろう。隠棲所に住んでいた時、彼はこの苦行のちからにより、怒りと威光を増大した。彼は高邁な知性を有し、ドローナは彼に恩寵をかけ、神聖な武器を与えた。バラタの雄牛よ、ところが彼には一つの大きな欠陥がある。そのために私は彼を戦士とも超戦士とも考えないのだ。最高の王よ。彼にとって生命が殊の外に愛しいのである。しかし、彼に等しい者は両軍に誰もいない。彼はただ一騎で、神々の軍をも滅ぼすであろう。この美丈夫は、弓籠手の音により、山をも裂くことができる。彼は無数の美質を有し、勇猛な攻撃者で、恐るべき光輝を放つ。彼は杖をとる神ヤマのように耐え難く、カーラのように徘徊するであろう。その怒りに関しては宇宙紀ユガの終わりの火に等しく、獅子のような首をし、大知者で、戦争の余燼を鎮めるであろう。バーラタよ。上村訳マハーバーラタ第5巻162章〜164章(481p)

## サーティヤキとの対決

アシュヴァッターマンが、アルジュナの一番弟子サーティヤキと対決する場面があります。サーティヤキはクルクシェートラの戦いを生き残るパーンダヴァ以外の唯一の戦士です。

偉大な射手である短期なドローナの息子は、ユユダーナ(サーティヤキ)に種々の特徴のある矢でしたたかに射られたが、笑って次のように言った。「シニの孫よ、あの師匠を殺した男をお前が助けようとするのはわかる。しかしお前は、私に呑まれた彼と自分自身を救えないだろう」ドローナの息子はこのように言って、太陽の光線のような、美しい節を持つ最高の矢をサーティヤキに向けて発射した。ハリが金剛杵ヴァジュラをヴリトラに向けて放つように。彼に放たれたその矢は、鎧をつけたサーティヤキを貫き、大地に入った。蛇が息を吐きながら穴に入るように。鎧を貫かれたその勇士は、突き棒で苦しめられた象のように、多くの傷から血を流して、弓矢を離した。そして彼は血にまみれて沈み込み、戦車の座席に座った。御者は速やかに彼をドローナの息子から引き離して、他の戦車の方に向かった。[上村訳マハーバーラタ7巻171章662p]

サーティヤキの矢を笑って受けながら、一撃で仕留めるアシュヴァッターマン。強い。絶対に強い。

アシュヴァッターマンが使った武器には、マハーバーラタ中、一級の強さを持つといえるものが2つあります。一つは前述したナーラーヤナアストラです。これはヴィシュヌ神の武器で、父ドローナから習ったと明記されています。武器はアルジュナには伝えられていないと書かれています。
もうひとつは、ブラフマーシラスです。これは、アルジュナが夜襲後のアシュヴァッターマンに追いついた時に使います。アルジュナもアシュヴァッターマンも両方この武器が使えますが、ドローナはアルジュナにのみ、完全な使用法(武器の収め方)を教え、息子アシュヴァッターマンには教えませんでした。なのでドローナは、ナーラーヤナアストラはアシュヴァッターマンだけに教え、ブラフマーシラスの完全な使い方はアルジュナだけに教えたことになりますが、そうしようと判断した理由は謎です。作中でこの武器を実際に使ったのは、アルジュナとアシュヴァッターマンだけで、ドローナも使える記述がありますが、他の誰かが使えるのかはわかりません。

記事は以上です。他に名場面を見つけたら適宜追加します。次回はマハーバーラタ以外の伝承でのアシュヴァッターマンについて書くと思います。

アメリカのアニメExpo(CrunchuRollExpo)に行ってきた。

 

もうだいぶ前になりますが、9月末に行ったアメリカのアニメExpoのレポを書きます。
カリフォルニア州サンタクララで行われたCrunchyRollExpoというイベントです。
CrunchyRollはアメリカのアニメ専門動画サイトです。
場所はSantaClaraConventionセンターというところです。規模でいうと、結構大きい。
いろんな部屋にわかれていますが、全部足すと蒲田の産業プラザPIOよりも大きいと思います。

入場料は三日間開催で75$。結構高い。
一日目は用事で行けなかったので、二日目と三日目だけ行きました。

入って驚いたのは人の多さです。数千人はいたでしょう。コスプレをした人たちが多く会場内を歩き回っていました。

2017-08-26 14.48.42 2017-08-26 14.49.00 2017-08-26 14.54.02 2017-08-26 14.54.16 2017-08-26 14.54.34 2017-08-26 14.46.20 2017-08-26 14.45.52日本との違い。
* コスプレイヤーが多い。
* 同人誌は一切売っていない。公式グッズが売ってある。曰く、同人はアメリカでは完全に違法らしい。
* 各部屋でトークセッションが行われていて、それを聞くというスタンス。

トークセッション式。
前述したとおり、アメリカのアニメExpoでは各部屋でトークセッションを聞きに行くという形式になっています。日本でもアニメイベントで声優などがトークセッションをすることがありますが、残念ながらアニメと関係の無い話やパーティーゲームをして終わる事も多いです(自分は好きではありません)。それに対し、アメリカでは徹頭徹尾アニメに関する話題を話します。アメリカのオタクは全体的に意識高いですね。

話者は翻訳家や アニメ産業で働いているその他の人たち(企画?)
などでした。

各トークセッションで印象に残ったものを列挙していきます。

* 人種の問題。
曰く、日本のアニメにはほとんど日本人しか出てこないことを問題にしていたセッションのようです。われわれ日本人はこうした事を問題だとすら思っていなかったので、驚きました。

曰く、「日本のアニメは全て日本人向けに作られている。だから登場人物がほとんど日本人なのだ。世界に多様な人種のアニメファンがこれだけ沢山いることがわかれば、もっと外国人向けのアニメも作ってくれるだろう」
とのことです。
確かに日本のアニメ産業はガラパゴス化してしまっている。逆にこれだけガラパゴス化していて、内需向けに作られているのに、ファンが世界中にいるというのが驚きです。

また、「昔の日本のアニメには黒人が登場していた。そして活躍していたんだ。最近は全く出てこなくなった。嘆かわしいことだ」
という話題も出ていました。

日本でアニメファンをやっていると気づけない事を多く言っていたのが印象的でした。

* 人気のアニメ
アメリカだと、rezeroとかベルセルク、進撃の巨人、ユーリオンアイズが人気っぽかったです。学園系はあまり人気では無い模様。後でアメリカに住んでいる台湾人に聞いてみると
「日本の学園文化はアメリカ人には馴染みが無いからあまり受けないんだと思う」と言っていました。

* 日本の労働文化について
日本のアニメーターの労働環境が過酷である事についてのセッションがありました。アメリカ人にまで心配されている我々……。登壇者が、労働時間や、給料に言及すると、会場から「Oh….」という慨嘆の声が聞こえてきました。「法律で規制すれば良いんじゃないか?」という質問が飛んでくると、「日本じゃあ法律なんて大して意味がないよ」と登壇者の答え。こうまで言われてしまう状況を我々は何とかしないといけませんね……。

* 日本のアニメの英語名
* Berserkとかはわかったんですが、英語で聞いたことないアニメタイトルの日本語名を推測するのが楽しかったです。登壇者がFist of north starとかCorner of the worldとかMagical circle GuruGuruとか言うのです。和訳すれば何かわかりますけど、「あ、こういうふうに言うのか」という愉しみがありましたね。

* 他に聞いたアメリカ人オタクのおもしろ発言
* 「僕が生きている間にベルセルクは完結しますか?」
* 「Fateで一番好きなHシーンはどれですか?」
* 後は、アメリカのオタクも「朝走りながらパンをかじって曲がり角でぶつかる」みたいなお約束を理解しているのが面白かったですね。

とりとめの無い内容になりましたが、こんな感じでした。75$は若干割高ですが、日本とアメリカのオタク文化の違いがかなり大きかったのを知れてよかったです。後、日本のアニメ・マンガがアメリカで人気なのを知るのは衝撃的でした。

北インド旅行記(5,6日目:クルクシェートラ)

クルクシェートラ

5日目と6日目、クルクシェートラへ。
ここは普通外国人が行かない場所なのだけれど、
インドの叙事詩マハーバーラタで最大の戦地となった場所なのである。
クルクシェートラの戦いなのである。

ここで、ブラフマアストラとかナーラーヤナアストラとかアーグネーヤとかがぶっ放されて、16億人くらい死んだはずである。

聖地クルクシェートラは、首都ニューデリーから割りと近い。
200km無いくらい。
だから特急なら電車で2時間くらいで着く。
遅い電車なら3時間半くらい……。

5日目

と言ってもこの日は、ヴァラナシからクルクシェートラへ移動しただけ。
朝9時にタクシーを使って空港へ向かう。
空港で案内表示が出るまで座って待っていると、突然係員が

「○○○○便のラストコールをするよ」

等と叫んでいる。
それって自分の便じゃん。
聞いてみると、早く2階へ行けと指示されたので走る。

何とか間に合った。

しかし、掲示には1階だと書いていたはずなのだが……。

デリーに着いた後は、ニューデリー駅へ向かって、そこから地下鉄で
Rajiv Chawk駅へ。
憧れのコンノートプレイスへ向かう。

南インド料理が食べたかったのでsarawana bhavanへ行く。
ものすごい混雑だ。
そういえば今日は土曜日なのだった。

自分の名前をアルファベットの綴り付きで伝えたが、実際に呼ばれる段には全く別の名前が呼ばれた。子音だけ合っているという感じ。
たとえて言うなら「ヤスダ」が「ヨシデ」になるくらいの違い。

入ってミールスを頼む。
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美味しいのだが、この時体調を崩していて満足に食べられなかった。
うーん……、残念すぎる。

食べた後、再びニューデリー駅へ向かう。
クルクシェートラ行きの便を探すのだ。
ちなみにチケットは友達のインド人に取ってもらった。

この電車はかなり良かった。
日本の新幹線にちょっと近い。
前の座席に食事用のトレーが付いていて、なんとモニターもある。
飛行機みたいだ。
尤も若干汚くはあるのだけれど。

途中、車内食が配られる。
お腹すいてなかったのでこれは食べずに、後で、リキシャの運転手にあげた。
そしたらめっちゃ喜ばれた。
よほど貧窮しているんだろうか。

クルクシェートラ駅に着く。20時半くらい?
何故か駅前にコナーラクのスーリヤ寺院の車輪が置いてある。
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リキシャでクリシュナマハルホテルへ向かう。
80ルピー。
道がめちゃくちゃ悪くて、腰を痛めそうだった。
一応舗装はされているもののところどころ陥没している。
だからリキシャもあまりスピードを出さない。

クリシュナマハルホテルはブラフマーサローヴァルって言う有名な貯水場の近くにある。

ここのホテルオーナー(と、勝手に自分が判断した人)は陽気な人で

「おー日本人か?? 一人で来たのか??」
と聞いてきた。

「ジョーティザルはここから近い? クリシュナがギーターを説いた場所なんでしょう?」

と聞くと無茶苦茶嬉しそうにしていた。

「おー、それを知ってるのか! そうだ。ジョーティーザルはここから8kmほどのところにある。とても聖なる場所なんだ」

と熱弁してくれた。

英語通じて良いなぁと思ったけど、このオーナーは翌日にはいなくなっていた。
そして他の従業員は英語が通じないので意思疎通に難儀した。

部屋はこんな感じ。
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写真からでは分からないけど、結構汚い。
ベッドにも糸くずが結構ついている。

そして、このホテル、というかクルクシェートラという街全体がそうなのだろうけれど、停電が頻発する。
一晩泊まっただけなのに4回くらい停電した。
その度に、何も見えなくなってベッドで目をつむる事しかできなかった。

ご飯は付設されているレストランで食べたのだけれど、かなり美味しかった。
期待していなかっただけにラッキーだった。

なんてものを頼んだのかは忘れてしまったが。

6日目

朝起きたのでホテル近くのブラフマーサローヴァルを歩くことに。
クリシュナマハルホテルの外観。
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安定の犬。
むしろ犬がいない場所など北インドではない。

なんかいっぱい地名が記された看板があった。
結構マハーバーラタ由来のものが多い。
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ブラフマーサローヴァル。
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予想以上に広大な湖だった。
端から端まで1キロくらいはありそう?
歩いている人はヒンドゥーの正装っぽい人が多い。
真ん中にシヴァ寺院と巨大なクリシュナアルジュナ像がある。
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何か書いてあるけど、読めない。

朝日が昇って良い感じの風景。
ヴァラナシで朝日を見られなかった代わりにここで見られてよかった。
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朝飯を食べにくる。
相変わらず英語が全く通じない。
向こうがヒンディー語でなんとか言ってくるのだが全くわからない。
なんでわからんっつってんのに何回も言ってくるのかわからないけど、とにかくメニューを指差すことだけを続ける。

サンドウィッチと生野菜っぽいのが出てくる。生野菜はやばいと聞いていたけどもうなんとなく油断して全部食べてしまった。

今のところお腹を壊す様子は全くない。
black teaを頼んだのだが普通にめっちゃ甘かった。ブラックとは一体。

朝飯を食べた後、ジョーティーザルへ向かう。
ジョーティーザルはクリシュナがバガヴァッドギーターをアルジュナに授けた場所とされている。
不死の菩提樹バンヤンツリー、この木の下で伝えたのだ。
インド人の観光客らしい人もいっぱいいた。でも外国人はゼロ。しかし犬はいる。
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次に謎の寺院に連れていかれた。ここは知らなかったけどタクシーの運転手がオススメしてくれた場所だ。
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中に入ると英語で話しかけてくれるおんちゃんがいた。

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来たー英語! これほど英語をありがたがる日が来るとは。

どこから来たんだ?
日本
日本? おー良いね良いね。

と言って満面の笑みを浮かべた。

こういうの良い。今までデリーやヴァラナシだと外国人は大量にいるから全くありがたがられないし、金の成る木としか思われてなかった。

おんちゃんは寺院の中を案内してくれた。
一柱ずつ神の名前を紹介してくれた。
中では、二人の奏者が演奏しながらハレクリシュナを、歌っていた。

途中から別のおんちゃんにバトンタッチされたのだが、そのおんちゃんは英語を時々交えるけれどヒンディー語ベースで話し始める。いやヒンディー語わかんねんす。

ここイスコン系列なのかな? 違う?

色々写真撮った後退散した。
お布施を要求されたので100ルピー渡しといた。結局お布施か感はあったけどそこまで悪い気はしなかった。

次にイスコン寺院に行った。お、イスコン!!と思った。
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イスコン寺院はクルクシェートラにもあったのか。
中にはクリシュナ、ラーダー、ジャガンナート像が置かれていた。
帰ろうとすると声をかけられる。
またお布施かと思ったけど、逆だった。
何か食べ物と飲み物をくれた。

まじか。逆にくれるとは。
インドで初めての経験だわ。
しかも美味しかった。

では次にビーシュマクンドに行った。
ビーシュマが倒れた場所らしい。
なるほどビーシュマの像がある。
出来はそれほどでもないかもしれない。
五人いるのはパーンダヴァでしょう。
全員同じに見える。
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他にもドゥルガーとかハヌマーンが祀られていた。由来は不明。ハヌマーンの場所まで近づきたかったけど裸足にされていた上、犬が吠えまくっていたので怖くて近づかなかった。

この後、ホテルに戻ってチェックアウト。
クリシュナ博物館へと向かった。
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入場料わずか30ルピー。
外国人料金は取られず正規の値段で入場!
これはインドに来て初めての経験だ。
それほど、このクルクシェートラという場所には外国人が来ないという事なんだろうけど。

最初の方はクリシュナの展示しかなかったけど後半になるにつれ、マハーバーラタ関連のものが増えて来た。

ビーシュマが横たわっているところとかアビマニユが殺される場面の再現セットがあった。

絵も沢山あって、ドゥルヨーダナがドラウパディーを辱めるシーンとか、ビーマがドゥルヨーダナを殺す絵とかパーンダヴァが森に追放される絵とかがあった。
気になったのは必ずしもヒゲが描かれるわけではない点。ビーマですらヒゲがないのもあった。クリシュナは必ずヒゲがない。

マハーバーラタクイズコーナーもあった。めちゃめちゃ難しくて、全然分からなかった。

クリシュナがカンサを倒す前に殺した象の名前は?

とか

ソーダパニの士族の名前は?

とかだった。
知るかw

最後にマハーバーラタの章毎の展示があった。
最初のはじまりでは、クリシュナの巨大像があってバガヴァッドギーターを再現している。
ハースティナプラの鏡の回廊を再現した場所などもあった。
次にアビマニユの迷路が再現されてあった。蓮の形をした迷路になっている。規模は小さくて出るのに1分もかからない。

後の章はパネルで説明していた。
アシュヴァッターマンが自らの宝石を外すシーンやガーンダーリーがクリシュナを呪うシーンなどがあった。

マハーバーラタ好きなら絶対楽しいと思えるような場所だった。それだけのためにわざわざインドに行くほどではないけれど。

お土産は期待外れだった。どこにでもありそうなガネーシャ、シヴァ、クリシュナのキーホルダーなど。
中にはヒンドゥーすら全く関係ないおもちゃのミニカーなどを売っていた。
おいおい。どうせならもっとマハーバーラタに関係するものを売ってくれ。
そもそもこの国にはお土産文化がないのかもしれない。

最後にカルナが作ったとされる城に行ってみたのだが何もなかった。
盛り土みたいなのがあるだけ。
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がーん。。。
全く行く意味がなかった。
ショック。

しかも意外に近い距離でリキシャにぼられたし。

鬱だ。もう電車のホームでぷらぷらしていよう。

そう思って駅のホームで佇むことにする。
駅にもマハーバーラタ絵が描かれてある。
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電車は30分ほど遅れて来たが、着くときには30分以上は遅れなかった。
ニューデリー駅を進んでホテルに行く。

初日ほどの衝撃はもう無い。
犬がいるのを当たり前の景色と感じるようになってしまった。

北インド旅行記(3日〜4日目:ヴァラナシ)

3日目。ヴァラナシ。

朝起きて空港に向かう。
カラドゥーマメトロという駅にリキシャーで向かった。
この駅の係員には英語が全然通じなかった。
「空港までの切符!」
と言うと、
「エアポートナヒムなんじゃらほんじゃらニューデリー」
と言ってきた。
なんとなく、ニューデリー駅までの切符だけ買って乗り換えろと言っていそうな雰囲気だったので、
じゃあニューデリーと言って切符を買った。
なるほどデリーと言えども、少し郊外に出るともう通じなくなるのだな。

地下鉄で、ニューデリー駅経由で空港へ向かう。
ニューデリー駅までで、まず運賃16ルピー。
40分乗ってるのでめちゃくちゃ安い。
40分電車にのって30円程度!

途中にあったindraprastha駅。
マハーバーラタにも登場するパーンダヴァの王国ですね。

そっからニューデリー空港に向かう。
向かう途中で気付いたけど、国内線だとAirportじゃなくてAero City駅で降りないといけないらしい。
しかもAeroCityから空港すぐ近いわけではなくて、またバスに乗らないといけない。
バス代30ルピー。
わずか1km程度の事を考えると高い。
この値段を高いと思ってしまう辺り大分インドの物価感覚になってしまった。

デリーの国内線乗り場は全体的に色彩豊かだった。
国際線が全体的に灰色でシックな印象なのと対照的。

バスで飛行機へ向かう。
結構待たされた。

飛行時間中はずっと寝ていて一瞬で着いた。

ヴァラナシ空港からは、プリペイドタクシーでホテルまで向かう。
600ルピー。
途中、空港で知り合った韓国人の人と乗り合いをした。

ヴァラナシの街は意外と整然としていた。
デリーが混沌としすぎている。
人口密度が高すぎるせいだろう。
ヴァラナシの人口は120万程度だからそれほど多くはない。

とりあえず、ホテルから出てガートに行こうと思った。
ガートまで100ルピー。
結構距離があったので(7kmくらい?)妥当な金額だと思う。

途中、爆発音と閃光が辺りに響き渡った。
何事かと尋ねると、
「猿が電線に触れて爆発したのだろう」
と大したことではないかのように語るリキシャドライバー。
トンデモない場所だ。

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その後ボートに乗った。
ボートに乗る人が二人しかいなかったので800ルピーになった。
うーん。高い。

ボートからヒンドゥー教の儀礼、プージャーを見る。
ちょっと遠かったけど、火のついたロウソクを使って舞っているのが見えた。
神聖でおごそかな雰囲気だ。
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「あの寺院は1000年前からあるものだ」

なんて言われたけど、ムガル帝国に壊されているはずだし、嘘だろうと思った。

「ヴァラナシはヴァルナ河とアーシー河から名付けられている」
「貧しい人は薪で火葬はできないから電気で火葬するんだ。電気だと安い。200ルピーだ(うろおぼえ。確か薪だと1万円くらいだった気がする。)」

「ガンジス河に流されれば解脱できる」

とか何とか色々ガイドを受ける。

ロウソクに火を付けて河に流す。

ガートに戻ると日は既に落ちている。
しかし、ガート沿いは電灯があるので明るい。
犬は多いが、デリーほどではない。

shantiRestaurantというところでご飯を食べて終了。

4日目

翌日。朝5時半くらいから起きて朝日を見に行く。

チャイを飲みながら日の出を待つ。
しかーし、霧が濃すぎて全く朝日が見えない! ショック!!

マニカルニカーガートの方へ向かう。
死体がたくさん焼かれている。煙と灰が目に入ってむせてしまう。あまり長くは見られない。近づくと謎のおっさんがガイドをしてくる。

「お布施をして功徳を積みなさい。ここには貧しい人たちが大勢いて、家族を火葬できないんだ。一人1200ルピーだ。」

結局金かと思ったが、200ルピーだけ払った。

煙で目がしみてしまうのであまり長い事火葬場付近には居られず、退散。

対岸までボートで行きたいと思ったけれど、霧が濃すぎて行けなかった。残念。

ヴァラナシの牛。
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途中、バナラッシーという店でお茶を飲んだ。
この店は日本人が多い。
会った日本人旅行者と話をした。
デリーの野犬の多さについて等。

しかし、ヴァラナシに巣食うインド人は観光客を見下すような人が多い。
金づるとしか思われていない感じだ。
バナラッシーで会った日本人は、「日本人宿に泊まる旅行者はバカ」等と罵られていたし。

ほっといても観光客が来るから金だけぶんどってやろうという精神なんだろうけど、あまり好ましくは思えない。

昨日だけでヴァラナシを発っていたら割りと良い思い出だけで済んだかもしれないけど。

昼ごはんを何とかというレストランで食べた。(名前忘れた
カシーミルカレー。美味しい。

この後サールナートへ行った。
ブッダが悟りを開いた後、最初に教えを説いた場所。
ヴァラナシから近いという事はブッダはガンジス河のほとりで悟りを開いたんだろうか?

サールナートでチケットを買おうとすると、前にタイ人が並んでいた。
その人たちが、「タイ人はいくら?」と聞いていた。
受付の人間は「40ルピーだ」と答えていた。

自分も「日本人はいくら?」と聞いたら「200ルピー」と答えられた。
5倍!!!
まぁガイドブックにも200ルピーって書いてたから知っているのだけれど。
ちなみにインド人は20ルピーとかだった。

サールナートへ入ろうとすると、

「ちょっと待て。これはインド人用のチケットだろ。ちゃんと外国人用のを買えよ」

等と止められた。

「ちゃんと200ルピー払ったぞ!」

と言い返すと、何やら別の従業員がやってきて、ヒンディー語で説明を始める。
200ルピー払ったという事情を説明したのか、自分を止めようとした従業員は、
「行け」

とだけ言った。

ここで、「もう一回金払え」と言われていたら完全に憤慨していたと思う。

気を取り直してサールナートに行く。

ストゥーパと呼ばれる大きな石塔がある。
これは卒塔婆の語源らしい。
卒塔婆とは大きさも形も素材も何から何まで違うのだけれど。

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以下wikiより。

塔(ぶっとう)とは、仏舎利(釈迦の遺体・遺骨、またはその代替物)を安置した仏教建築をいう。卒塔婆(そとば)、塔婆(とうば)、塔(とう)とも呼ばれる。

なるほど。
日本の五重塔なんかも卒塔婆の一種になるらしい。

アショーカ王の石柱。
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ストゥーパの前の芝生で坊さんがお経を唱えていた。

そして、この近くには博物館があるとの事だったけど、生憎金曜日は休館だった。
ずずーん。

アショーカ王のライオン像が見たかったのだが。

そのレプリカは近くのタイ寺院にあった。

これ。
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タイ寺院の大きな仏像。
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お土産に、「りん」みたいなものを買った。
仏具かな。棒で縁をなぞると音がする。
最初一つ1000ルピーと言っていたけど、交渉によって二つで800ルピーになった。
それを買っていると隣の屋台のインド人が自分の財布を覗き込んで、
「ふふ、一万円あるね。お土産買ってく? 日本円でイイヨ」
などと言ってきた。
でも別に欲しくなかったので特に買わず。

サールナートを後に。

この後、リキシャドライバーとはぐれたのだけれど、警官が電話してくれて助かった。

ホテルに戻る。
この時体調を崩す。
ご飯も半分も食べられなかった。

ずっと寝る。

北インド旅行記(1〜2日目:デリー)

インド旅行記

2回目の渡印を敢行。今回は悪名高い北インドに突撃。デリー、ヴァラナシ、クルクシェートラの三都市を周遊した。

総論:前回はタミル・ナードゥ州を周遊したわけだけれど、それとの違いなど。

交通:南インドの方が危険運転をしていた気がする。北インドもクレイジードライビングをするのだが、あまりスピードを出さないし、無茶はしない印象。
食べ物:南の方が美味しい。北も美味しいんだけれど、カレーばっかだし、すぐ飽きてしまう。ビリヤニも飽きやすい。油と塩分も多くて胃に優しくない。南インド料理ならミールスを頼めばバラエティのある食事が楽しめる。
動物:北の方が多かった。特にデリーは野犬の数が半端ない。猿と豚は北でしか見なかった。しかし、象は南でしか見なかった。
大気:世界最悪の大気汚染とも言われるデリー。やはり空気は悪い。全体的に空が黄色く見える。
治安:治安というより客引きの鬱陶しさなのだけれど、これはもう北インドの方が遥かに上である。タミル・ナードゥ州もマドゥライとチェンナイは客引きが多かったが、デリーはヴァラナシはそれより多い。でも中には良い人もいるから判別が難しい。

1日目

アシアナ航空でソウル経由デリーに19時の便を取ったが、遅延のせいで実際には20時30分ほどに着いた。

デリー空港は確かに綺麗だった。
etouristVisaの申請は一瞬で終わる。
両替所に行こうとするも今札が切れていてできないと言われる。
しまった。去年の旧札撲滅法案のせいか。

仕方ないのでATMで下ろした。
4500ルピー。これが上限らしい。
そのまま地下鉄でニューデリーへ向かう。
料金は60ルピー。100円くらい。30分くらいなので安い。
デリーの地下鉄は比較的綺麗。空港線は進行方向と並行に椅子が付いていて大量に座れる方式。

3, 40分ほどで、ニューデリー駅に到着。
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今日取っているホテルはニューデリー駅から500メートルほどの場所にある。
なかなか高評価なレビューが付いているホテルだけれど、気になる記述がいくつかあった。
曰く、

「ホテルの部屋は良いのだけれど、外がカオス過ぎる。」

まさかまさか。首都のデリーである。みんな面白おかしく言っているのだろう。

そうたかをくくってニューデリー駅を降りる。
目の前に広がった光景は……、

野犬の群れだった。
そして、近くには駅の壁に向かって小便しているやつがいて、全体的に小便くさい。他にもしているやつが大勢いそうな匂いだ。

あれ??
ここは首都ニューデリーのニューデリー駅のはずだ。
野犬の群れとか小便くさいとか、そんなはずはない。
そう思って後ろを振り返る。

……、確かにニューデリー駅と書いてある。

もう一度前を見る。

ワンワンワンッ!!(野犬の吠える声)

おかしい……。
こんなはずでは。

歩き始めると3秒に一回くらいインド人が話しかけてくるが、この辺りの客引きの悪評を聞いていたので、全て無視。
目すら合わせなければ深追いはして来ない。

地図は頭に叩き込んである。
ここを曲がればホテルがあるはすだ。
そう思って、曲がる。
途端に三匹くらいの野犬に吠えられまくる。

!!!!

逃げて迂回することしかできなかった。

しかしホテルには無事到着。
最上階でご飯を食べている時も犬の吠える声とクラクションがひっきりなしに聞こえてくる。

なんだここは……。
首都じゃないのか。

インド初日、たった500メートル歩いただけで首都デリーの喧騒と熱気に完全に圧倒されてしまった。

2日目

あまり寝られず。
とりあえず起きて朝飯へ。
悪くないご飯。
朝にホテルをチェックアウトして、ラールキラーとジャマーマスジトへ向かう。
100ルピーで交渉。

途中通った場所。
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牛がゴミを漁っている横で食べ物を路上販売している者。商品に手をつけようとする犬を追い払う者。あたりに漂う動物の糞の匂い。

なんだここは……?
ここが首都??

南インドのチェンナイに行ったことがあるけれど、そこはもっと整然としていた。
いや、交通はめちゃくちゃカオスなんだけれど、ゴミはそんなに落ちてなかったし、動物の匂いもひどくなかった。
首都デリーはそれをはるかに上回る。
首都の方がよほど荒廃しているじゃないか。
どうなっているのか。

リキシャに乗っている間インド人運転手がひっきりなしに話しかけてくる。
ワンデイブッキングしないか? 2000ルピーだ。
インド女を買わないか? 2000ルピー。
そしてこちらも5秒に一回ノーと断る。
もう三十回くらい断った。
よくめげないな、こいつ。
ラールキラーがクローズしてるから代わりにジャマーマスジトに行った。
降り際にリキシャ運転手が250ルピーだ。
などと行ってくる。
確かにラールキラーの外面を見てからジャマーマスジトに行ったので多少多く走っているのだが、250は高過ぎる。
100っつっただろてめーと言いながら140渡して去った。

ジャマーマスジト。インド最大のイスラムモスク。
入場料300ルピー。
中は綺麗だったけど、イスラム教徒はあまりおらず、観光客ばかりだった。
アザーンとか聞きたかったのだが。

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次はサイクルリキシャでラールキラーへ向かう。20ルピー。

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ラールキラーは入場料500ルピーだった。高い。でも2000ルピー出しても必ずお釣りくれる。北インドは南インドに比べてお釣り払ってくれる率が高い気がした。

ラールキラーは世界遺産の割にはわざわざ見に行くほどのものではなかった。

シク教寺院に行く。
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金ピカな装い。
入る前にターバンを巻いて、靴と靴下を脱いで水で足を洗わないといけない。
その間に死ぬほど汚い地面を歩かないといけないのでぐえええって感じだった。

異教徒の自分が入っても特に咎められることはない。
こっちのほうが面白いな。
やっぱり宗教施設には信者がいてこそなんぼだと思った。

この後、オールドデリーを通ってカリームホテルというカレー屋にいく。乗り物はサイクルリクシャー。50ルピーの契約。

オールドデリーの街並みはカオスそのもの。電線はところどころ切れたようにぶら下がっていて、道の凹凸は激しい。揺れまくって腰を悪くしそうだった。
降りるときに、多めに100ルピーあげようとすると、リクシャーマンが、やっぱり200ルピーだなどと行って来る。
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お前は最初50って言ってただろと口論していたものの結局もう50ルピー渡してしまった。計150ルピー。
しかし、後で思うと払わなければ良かったと思った。その場の勢いに気圧されてしまったのだ。もっと心を強く持たねば。
やはりデリーは悪徳リキシャドライバーが多い模様。

カリームホテルで食事。
チキンカレー。美味しい。
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そして、この後博物館へ行くために地下鉄を使った。地下鉄の料金は、三駅くらいなら10ルピー程度。20円しないくらい。破格である。テロ対策なのか、インドの鉄道では入場ゲートに必ず手荷物検査場がある。そのせいでめちゃくちゃ混むのだが。

博物館に行く。
入場料600ルピー。勿論外国人料金である。現地民は20ルピー。
30倍か。足元見おって。

とりあえず、インダス文明のシヴァ神印章があった。
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古代四大文明の一つであるインダス文明はドラヴィダ系の民族による文明だったと言われている。
紀元前1500年くらいにアーリア系の民族がインドに押し寄せてきて既存の民族を支配した。
その時にアーリアとドラヴィダが混ざってできたのがバラモン教やらヒンドゥー教の宗教と言われている。
で、基本的にはアーリアベースなのだけれど、シヴァ神はドラヴィダ由来の神だと言われている。
それを証明しているのがこの印章。胡座を組んで、周りには動物が描かれている。(シヴァ神は動物の王)
このシヴァ神の印章がインダス文明の遺跡から出てきたので、やっぱりシヴァ神はドラヴィダ由来だったのだというお話になっている(らしい)。

後、ヒンドゥー関連の絵画。
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博物館の内装は意外とボロかった。
平日のせいか人はまばら。

武器コーナーがあった。
突くのではなく、斬る弓矢。
マハーバーラタのカルナは、弓矢で首を切り落とされたらしいが、恐らくこういう弓を使ったのだろうと思う。
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後、ビーマよろしく棍棒。
こんな大きいもの振り回せる人いるんだろうか。それとも装飾用か?
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ベルセルクにあった鬼兵が使う武器。
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博物館を出ると5時過ぎくらい。

このまますることもないのでホテルに向かった。再び地下鉄を使う。最寄駅を事前に調べてなかった。Wifiも持っていない。なんとなくオフラインのグーグルマップでこの辺りかなと当たりを付けて、welcomeという駅に向かった。

途中川を渡った。スラム街のような場所が映る。この辺りになると、もう地下鉄が地下鉄でなくなって地上に出てきている。帰宅ラッシュにかぶったのか、混んでる電車に乗り込む羽目に。

welcome駅は人がまばらの割に天井だけやたらと高く、あまりwelcomeしていないかのような空漠とした場所だった。

リキシャを探してホテルに行く。
200ルピーと言われたが値切って150ルピーにした。ちょっと高いかなと思ったけど、確かに意外と遠かった。welcome駅は最寄りではなかったようだ。

リーラアンビエントホテルに泊まる。五つ星ホテル。でも一泊6000円程度。安い。

近くにモールがあったので、マクドナルドでマハラジャバーガーを頼んでみる。
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ベジタリアン向けに、肉を一切使っていない。コロッケっぽい味。美味しい。
普通に日本のバーガーに匹敵かそれ以上の味だと思う。

ホテルに戻る。
驚異的なことにバスタブがある。
お湯を貯めると黄色く濁っていた。これがデリーの水質か。
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その夜はホテル併設のレストランでカレーを食べる。かなり美味しいが体調を崩しかけていてあまり食べられなかったのが難。

シンガポール・マレーシア旅行記

シンガポールとマレーシアに行っていた。

シンガポールに3日いて、マレーシアは1日。
しかし、今思うとこれは失敗だった。
マレーシアの方に2日居るべきだったかなと。

シンガポールの観光地は作られた観光地という気がして、あまり深みがない。
多民族国家なので、インド街や中華街、アラブ人街など多様な町並みが見られたのは良かったけれども。

一日目

深夜にチャンギ国際空港に着く。
それからタクシーに乗って友人宅へ移動。

タクシーの運転手がやたらと話しかけてくる。

「シンガポールの交通整理は人工知能で制御されているんだ」
「カメラで車の姿を捉えていつ信号を変えるべきか、制御されている」
「IBMのワトソンが使われているんだぜ。〜億円もかかっている 」
「シンガポールには6隻の軍事潜水艦があるんだ? 日本にはいくつあるんだ?」
「最近の日本の経済はどうだ? 安倍はよくやってるじゃないか」

なんともマシンガントークの連発であまり言葉を発せなかった。
しかも、言っていることが政治や技術についてでインテリっぽい。
タクシーの運転手からこんな話を聞くとは思わなかった。
この国の文化水準の高さを噛みしめる。

友達の家は200メートル超えの高層ビルにあった。
家賃は1ヶ月○万円だそうで……。

翌日、ラオパサというフードコードに行く。
朝、通勤に向かう人達の人種は多種多様だった。
インド系、マレー系、中国系、イギリス系……。
この光景を見ただけでも、シンガポールの多民族国家としての様相を垣間見れた気がした。

そして、街を歩いていて思ったのだが、シンガポールはそれほど清潔ではない。
やたらと清潔さを周辺国家に喧伝していて、その名声は日本にも響いている。
にも関わらず、ゴミが道端に落ちているのが散見された。

これなら日本の方が綺麗じゃないか?

素直にそう思った。

ラオパサでは、様々な食事がある。
インド料理、マレー料理、中国料理、ファストフード……。
ここなら毎日来ても飽き無さそうだ。

シンガポール人の一般的な食事と呼ばれるのは、トーストにカヤと呼ばれるジャムのようなものを付けたもの。
それと、半熟の卵。
何ともジャンキーでアメリカンな食事である。
シンガポールは都市国家なので、野菜や果物が割高らしい。
食事も炭水化物が多めである。
健康にはあまり良くなさそう
この後インド人街に行った。
着いたのが8時半くらいだったのでどこも空いてない。
暇だ……。
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途中モールのような建物があった。
日本企業が沢山ある。
見た企業は、
サイゼリヤ
やよい軒
和民
ベスト電器
吉野家
モスバーガー

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シンガポールのインド人街では、運転マナーも良く、クラクションも無く、対向車線へのはみ出しも無く、ゴミもあまり落ちておらず、客引きも無い。

あれだけ濃いインド人も外国に来てしまえば順応してしまうのだろうか。

ヒンドゥー寺院を見つけたので入る。
そこにはインドで見た光景、インドの空気がそのままあった。
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(これだよ、これ! これがインド)

そう思った。

中にはインド人しかおらず、礼拝をしている。
そこへ関係ない自分が一人入っていくので、場違い感がすごい。
日本の寺院や神社では感じられない真剣さがそこにはあった。

インドの寺院と同じと言ったものの、違う点もあった。
シンガポールの寺院では、シヴァ神とヴィシュヌ神が同じ寺院に祀られているのである。
タミルナードゥの寺院ではこういったことは無かった。
祀られているのは片方だったはずだ。
何故こういうことになっているのか分からないが、シンガポールでは寺院の数が少ないので
礼拝できる対象を増やそうとしているのかもしれない。

他にも気付いた点をいくつか。
ガネーシャ神の前では、両手を交差して肩に当て、揺らすという動作をしていた。
そういえばこの動作はインドでも見たことがある。
ガネーシャ神に対する特有の礼拝なのだと思った。

また、神像の前で五体投地する信者がいたが、神像に体面せず、垂直の方向に五体投地している信者がいた。一見すると何も無い方向に。
思い返すと、これはマドゥライのミーナクシーアンマンでも見られた光景であった。
もしかすると、直接体面すると失礼にあたるからそうしているのかもしれない。

しかし、体面して五体投地している者もいる。
神の種類に応じて、分けられているのだろうか?

30分ほどインドの空気を感じて、その場を後に。

他にも中国系寺院があった。
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祀ってあるのが、「孔子、釈迦、斉天大聖」だったので、何教なのかよくわからない。
道教だろうか?

神用のバケツ。

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神用って何だ? と思ったが、ある方に教えてもらったところ、容器や道具などは神用と人間用に完全に分けられている。
それを区別するための表記ではないかという。
それにしても露骨な書き方だと思った。

隣にタイ仏教の寺院もあった。
写真NGなので写真は取っていないが、
案内書の写真は撮った。

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半径50メートル以内に、ヒンドゥー教寺院、道教寺院、タイ仏教寺院が存在している。
この混沌さが多民族国家シンガポールを象徴しているのかもしれない。

次にアラブ人街に行った。
マレー人博物館に行ったが、特に特筆すべきものはなかった。
モスクに行った。

途中から檻のようになっていて、信者以外は入れない。
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ここでアラブ系の料理を食べた。
ケバブと、名前忘れたチーズを使った料理。
ケバブじゃない方は美味しかった。

二日目はマーライオンとかガーデンバイザベイという王道を周る。

南アフリカとか、南米らへんの植物が多かった。
シンガポールなのに!
マレー半島らへんの植物じゃないんか。
でも色んな形の植物を見られて楽しかった。

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三日目は水族館に行く。

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綺麗なクラゲが沢山見られた。
時間が無かったので、早足で見ることになったのが残念。

最後にシンガポールの書店。
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日本の漫画等が結構置いてある。
言語は英語が6割、中国語が4割くらいだった。

四日目マレーシアへ向かう。

クアラルンプール空港から、クアラルンプール市街まで60kmくらいあるらしい。
結構遠いな!
でも、特急電車があって30分で着いた。
料金は55リンギット(1400円くらい)。
そんなに安くはない。

KL Sentral駅に着く。
Sentralの綴りと良い、マレーシアはなぜか、英単語の綴りが謎である。

Central → Sentral
Restaurant → Restoran
Monorail → Monorel
みたいな感じで。
まるで日本人が英語の綴り間違えたみたいな表記になっている。
どういうわけかは分からない。

マレーシアはイスラム教徒の国らしいが、一見してイスラム教らしさは、
往来を歩く女性たちのかぶるフードくらいからしか感じられない。
それで十分なのかもしれないが。

電車を乗り継いでブキッビンタンと言う駅に来た。
ここはかなりの大都会で日本で言うと銀座みたいな場所なのかなと思った。

発展しすぎていてあまり外国に来たという感じがしない。
ここでも日本企業を良く見た。
伊勢丹、紀伊国屋、ユニクロなどなど。

ブキッビンタンで食事を取った。
マレー系の料理屋。
中国料理っぽい?
ピリ辛な麺という感じで美味しかった。

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そして、今回の旅行の目玉である「バトゥ洞窟」へ向かう。
ブキッビンタンからは電車を乗り継いで行かないといけない。
これが面倒だったので、タクシーで行くことにした。

インド式にまず最初に値段を聞いてみる。
「バトゥ洞窟までいくら?」
と聞くと
「メーター式だからわからない」
「大体で良いんだ」
「わからない」
と言った押し問答が続く。

すると、横からタクシー運転手らしき人物が割り込んできて、
「俺なら料金固定で行ってやるよ。往復で50リンギットでどうだ?」
相場が分からないが、バトゥ洞窟はここから10kmはあるはずである。
それで往復50リンギット(1250円くらい)は安い。
「ノッた!!」
と決めてタクシーに乗り込む。

電車ではなくあえてタクシーを選んだのは、インド式の危険運転をもう一度体感してみたかったからである。
しかし、ここはマレーシア。拍子抜けするほど安全運転だった。
多少日本よりはクラクションの頻度が多いように思えたが、それでも要所要所でしか鳴らさない。
インドのように3秒に一度鳴らすということは無かった。
マレーシアは発展している。
インドのように、町中を牛山羊馬犬豚が闊歩する光景はここでは見られないのか。
あるいは、クアラルンプールが大都会過ぎて例外的に見られないだけなのか。
それは分からない。
何せマレーシアは一日しかいないのだ。

バトゥ洞窟に着いた。
駅の近くにはハヌマーン像がある。
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遠くからでも全長40メートルの黄金のムルガン像が伺える。
背後の広大な岩壁を背に佇立するムルガン像の威容は写真からでは感じ取れない迫力があった。

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270段の階段を登る。
旅行用の荷物を全て背負っていたため、とてもキツイ。
タクシーにおいてくれば良いだろと思われるかもしれないが、
盗難を警戒してそれはしなかった。

上まで上がると、天井まで100メートルほどありそうと思われるほど広々とした空間がそこにあった。
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大都会であるクアラルンプール市街から僅か10kmの場所にこれほどの雄大な自然が残っているとは……。
感動。来て良かった。
マドゥライで見たミーナクシーアンマン寺院以上の感動を得た。
自分は人口の建造物よりは、自然や動物に感動するたちなのかもしれない。

更に奥に進むとサルが沢山いる。

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種は分からないけど、おそらくカニクイザル?
旅行者から奪ったと思われるスナック菓子やペットボトルを堪能している。
このサルたちはものすごい器用で、手でペットボトルのふたを開けてそのまま飲んでいる。

なんて器用なんだ……!

と感動していると、途中で落とした。
やはりサルにはペットボトルは大きすぎたのかもしれない。

洞窟の奥に本殿がある。
そこではシヴァ神の模様を額に塗ってもらった。
ここも矢張りシヴァ寺院だった。

ムルガン、ハヌマーンと来たらシヴァ神でしょう。

洞窟の横側には洞窟探索ツアーが展開されていた。
45分間かけて、洞窟を探索するツアーであり、料金は35リンギット(900円)
安い。
参加する。

洞窟内はとても暗く、一度カメラを落としてしまったので、怖じてそれ以降写真をあまり取らなくなってしまった。
落としてしまったら再び見つけられなくなるかもしれない。
洞窟内には、コウモリ、ヘビ、クモ、ムカデなどがいると解説を受けた。
流石にヘビは見かけなかったが、それ以外は見られた。
これだけ暗い場所にヘビがいるというのは意外で、是非その御姿を拝見したいと思ったものだが。

ツアーの最深部で取った写真。

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RPGのボスがいそうな場所だ。

ガイドの人が
「この中にはポケモンはいないよ。ズバットが出てきそうだけどね」
とジョークを言っていた。
ポケモンジョーク。
ここでもポケモンが通じるのかと思った。

そういえば、シンガポールでもマレーシアでも町中でポケモンGoをしている人を何人か見た。

ツアー終了して、洞窟の外へ。
帰りにムルガン像を買っていく。

料金は16リンギット(400円)。
安い。

物価はシンガポールより安いようだ。

食事は良さ気なレストランで大体一品400円くらい。
日本だと1000円くらいしそうな品なので物価は大体日本の半分くらいか。
シンガポールの物価は日本の4分の3くらいに感じた。

マレーシアの書店。
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日本の漫画っぽい絵が。
マレーシアの書店はほとんどが英語だった。
マレー語も若干あったけれど。
というか、クアラルンプールは全体的に英語が通じすぎてびっくりした。
下手なヨーロッパ(フランスとか)より通じる気がした。

さぁ、夜ご飯を食べて再びクアラルンプール空港へ。
航空便は翌日の朝7時なのだが、ホテルで泊まるにも微妙な時間なので、
空港で寝ることにした。

途中、
「俺はアフリカから来たんだが、航空券を無くしてしまった。お金を譲ってくれないか?
そう、1000ドルくらい」

と言ってきた謎の人物がいた。

「1000ドルなんてあげられるわけがない。大使館に行け」

と言ったら、何も言わずにその場を去った。
詐欺にしてももっと上手いやり方があるのではないかと思った。

そして飛行機へ。
シンガポールは観光目的でまた来ることは無さそうだが、
マレーシアのバトゥ洞窟はもう一度行っても良い気がした。
1月2月にはタイプーサムというお祭りがあるらしいので、
それに合わせて機会があればもう一度行っても良い、そう思った。

ニューラルネットを使ったキャラ名自動生成

今回は久々? に技術ネタっぽいものを書きます。

7月30日に第三回ゲーム制作勉強会(通称ゲ制会)というものがありまして、
そこでっKさんが「キャラクター名の自動生成について」興味深い発表をされていました。

これを聞いて、「ニューラルネット使ってもできそうだな」と思ったので、
自分でも実装してみました。

使用したモデルは二層のLSTMです。
LSTMが何かというとこの記事がわかりやすいです。
http://qiita.com/KojiOhki/items/89cd7b69a8a6239d67ca

まあ何をやっているかを一言でいうと、
単語を数値ベクトルに対応させて非線形演算をし、次の単語が上手く予測できるように、
演算時のパラメータを修正していく、ということです。

要するに「これまでの単語を見て、次の単語の予測を数値計算でやる」ということですね。
今、「単語」と言いましたが、今回は文字ベースで学習しているので
「これまでの文字から次の文字を予測する」モデルを作っていることになります。

学習データには批評空間のキャラ名データ約71000人分を使いました。

自動生成された名前を以下に列挙してみます。

如月 舞
芙蓉院洋子
亀沢由菜
健樹忠月
英 宗栗
蘇 葉子
音無 楓
藤川 理月
加納 茉莉奈
仲越 鏡子
柏木 朋未
白川 愛
石崎 沙希
小倉 ひなみ
柊 夏野
内野 菜美恵
胡桃院 紅葉
御門 夕陽
高住 誠一
三沢 真澄
織田 良子
高柳 希桜
浅倉 こより

何か結構良くない????

胡桃院 紅葉(くるみいん もみじ)

とかラノベヒロインにいそうじゃないですか。
因みに読み方は出力してくれないので、人間が頑張って読むしかありません。
ちなみに上記の名前は実際には存在しないキャラ名の(はず)です。
試しに検索してみてください。
女の名前ばかりなのは学習に使ったデータがそういうのばかりだからです。

ただ、どういう系統の名前なのか、漠然としているので、もうちょっと区分けできると良さそうですよね。
中華名とか外国名とか男名とか女名とか。
しかし、人間が教師データを作って学習させるのも面倒くさい。

「というか、言語モデル作った時点でLSTMの最後の隠れ層が名前の分散表現になっているんだから、それをKMeansかなんかでクラスタリングして、上手く別れてくれればそれで御の字では?」

と思ったので、やってみましたクラスタリング。
因みに以下でクラスタリングしたのは、自動生成された名前じゃなくて、批評空間にあったデータベースから取得したものです。

できたのがカタカナ名が並んだクラスタと
スクリーンショット 2016-08-02 20.38.32

ひらがな混じりの名前のクラスタと
スクリーンショット 2016-08-02 20.38.57

漢字ばかりの名前のクラスタ
スクリーンショット 2016-08-02 20.40.53

まあ、ここまでは普通じゃないですか?
そうだよねー、っていうかそれくらいルールベースでもクラスタリングできるよねー。
っていう感じで。

でも驚いたのが次のクラスタで、

スクリーンショット 2016-08-02 20.43.28
男キャラの名前っぽいクラスタが!!!
何故こんなことが起きる!!??
機械にはどれが男の名前かなんて全く教えてないのに……。
男名だけのかたまりを勝手に作ってしまった。
しかも、それぞれ全然違う名前だ。

人間で言うと、
「貴方がインドに行ってインド人のみの名簿を見て、どれが男でどれが女か当ててください」
と言われているようなもの。
それが何故かできている。
すごい。

もし、「そんな結果は当たり前だよ。〜いう風に説明できるよ」
という方がいらっしゃれば教えて欲しい。

後はモブキャラっぽいクラスタ。
こっちはちょっとミス判定も多い。
スクリーンショット 2016-08-02 20.42.35

これも結構謎い。
何故こんなクラスタが作られてしまうのか。

次にやることとしては、
1.キャラの属性(性別、国籍)とかに応じてキャラ名を生成してくれる仕組みを作る。
2.キャラの画像をアップロードしたら、キャラ名を提案してくれるbotを作る。(こっちはちょっと大変そう)
  2.の方法としては、CNNーLSTMのEncoderDecoderモデルが考えられるけど、学習データを集めるのが大変そう。
  でもやってみたい。

最後に自動生成されたキャラ名を列挙しておきます。
興味があれば眺めてみてくだちい。
ちなみに「良いのだけ取ってきた」とかは一切していません。

日向 小星
益薙 未央
御川 初音
霧野 真太
村野 朱香
美咲 光美
巳乃 ピヤ
月丘 崎葵
三雲 雅
ジャスティ・M・ファイキング
尾上ドリス
アリス・オクソリー
クレア
優子
デク・クレート
フィアナ
プリンハイナ
ラクロ
ウィルヴィズト
坂上 理花
鷹見 凛
マレーケ・ファー・オスキーラ
森葉 月花
ジゼイン
シャック=・ネリエンス
シャンリリ・アルランネ
御門 菜緒絵
入琉 咲雪
小笠原 命
上杉 霧江
里堂 恭子
井上 瞬
セルシア・ヒクラーナ
オルヴァイゼネス
有瀬 なつみ
香月 ことり
伏間 望子
野々村 梓
吾妻 こなみ
小河内 ひかり
ムサランル
リーゼロッテ・オーランゲ
春日 拓也
桐宮 弥生
幸代 四安理
久雅
ブラン
オレン
近衛 京夏
リネッタ
ミルク=ウィンリット
瑠璃
紅葉
涼風 希亜花
小鳥遊 ちやた

月島 伊織
御剣 恭子
日高 美藤
沢野 みひる
秋月 有紀
吉香 涼香
大山 鈴
こなた
坂上 直々
塚原 奏
天人寺 高耶
メアリ・サリス
杉本 知江
風間 春夏
藤原 秋晶
西條 八芽子
春日 優美
古式 奈緒
高矢 なつみ
天王寺 桜
渡瀬 悠斗
豊原 加奈子
高峰 加奈子
柊 亮美
仲島 真琴
中条 真緒
フィロウ
みつ
μ
迫鳥 由里子
紗絵
熊谷 さつき
モン=アトラメット・エルベット
レミラ=ウェルゲン
大久保 水浦
梅沢 奈々
桜庭 小百合
NA-いの美
瀬川 音羽
ノクラ
津崎 りんこ
草訪 南久
瀬々木 えみる
倫子 フォン
小鳥遊 夏実
百瀬 瑞姫
シェナ・スフレイド
希世 小夜子
都築 高雄
渡来兵士
末磨 二海
ノノエル・スタシア
ダイディナ・サーシュ
フォーコック・ガヴァック
ランクリー・マリーナ
シャン・エロン=アーシャ
シーシャ・ウンディ
ストラエル・メリア
セシルベ
ルイエル・カレット
天野 夏音
瀬戸川 王子
深海 優
ちさよ
羽N院 すずな
リル子クリス
ショート
勇者
原澤 士郎
井上田 ヘリ
凰瀬 高嶺
池永 葵
東雲 龍菜
香藤 直也
八雲 妙花
岡崎 づるみ
松山 梨乃
沢渡 薫子
加藤 千鶴
渡良瀬 恭子
麻生 真菜
高坂 優希
二之宮 まち
内庄 みるな
相坂 真まな
霧島 瑠璃
雪亜
奈々子
日向 壬恵
日向 愛
シスター響
稲葉
藍山 太郎
巴 円
沢見 ころみ
霧島 絵里子
一条 恵美羽
猫岡 凛
水無月 葉月
爵如女
沙瀬梨亜
湯越 由香里
麻生 かのり
双葉 未来
日向 杏奈
刈居 美優

園崎 有紀
不沙 沙耶香
田宮 菜々子
ん津真希
杉良瀬 雛乃
佐山 ありさ
水無月 希
桃島 進
山県 ゐ之介
日向 麗
心田 真江
宝生院 東征
池切 直也
椎名 天音
高藤 志保
伊集院 湖里
陶隠美瀬
シィーシャ・ヒスミー
錦木 男子
うらいの少女
ルスカット・マージャン
イディザーヌ・ルーシア
ノース・H・マーク
ディア・ラキオミ
ナレーサー・グリヒヒライド
ケクヴァイア
・モスティカ
アンイ
高神 まどか
母音
岡崎沙智
北條沙耶
美佐原咲
高山舞
狩野奈々子
早川奈緒
南郷水穂
綾瀬若葉
佐原亜樹
丘野みどり
御影冴乃

十十夜鈴音
水瀬まなみ
清瀬星
イシュトリード
羽柴ゆい
森本 千夏
邪斎
宙務員
翠河千草
ジャッナ・フカーリス・フォン・ベーライン
メリエッタ・フェリーナ
和泉希
アウェル・ブルンスタルズ

きお
クヤ
響利花
紅未南奈
市原美都
八神一莉
桂木みゆき
一ノ瀬さつき
菜月 誠一郎
まなみ
栢田
リエッタ
レイラ=メルベリール・フランスミル
セシエロ・コーネート
オネラ・ニュール=シリュウス
カッサ・ユリファ
ショマル
ロリア
るら
上原 未散
乾 玲
千衛星智子
望月唯
山県百瀬恵
ナブリ
シルヴィア
レミエント
リリラス
ユミ
メイリー
エルター
神崎 結美
スゲレッタ
甲斐翔子
児玉朔空