アシュヴァッターマン名場面集

マハーバーラタの登場人物であるアシュヴァッターマンの概要と名場面を書きます。

注1:7巻までであれば、上村訳マハーバーラタを参照し、それ以降であれば、Ganguli訳を参照します。英語からの訳は私がしているので、誤りなどあればご指摘ください。

注2:また、マハーバーラタの概要については過去に記事を書いたのでこちら(マハーバーラタ解説1:あまりにも巨大な書物)をご覧ください。

アシュヴァッターマンはマハーバーラタの中では比較的無名な人物で、私がインド人の友人に聞いても知らない事が多いです。しかし、以下の二点から、マハーバーラタ作中で異彩を放つ人物です。

  • ヒンドゥー教二大神の一人シヴァ神の半化身[上村訳マハーバーラタ7巻672p]
  • クルクシェートラの戦いに参加した主要人物の中で、マハーバーラタ終了時にも唯一生き続けている人物。(注:主要と書いたのは恐らくユユツも生存しているからです。)

アシュヴァッターマンは正直マハーバーラタの7巻後半まであまり目立ったことはしません。アシュヴァッターマンが行う目立った行動とその前後の出来事をまとめると以下のようになります。(アシュヴァッターマンが行った行動は太字にします)

クルクシェートラの戦いにおいて父親ドローナが奸計によって殺される(7巻)

アシュヴァッターマン、激怒し、ナーラーヤナの武器を使う(7巻)

ドローナの次の司令官カルナ、その次の司令官シャリヤが次々と倒れ、アシュヴァッターマンの属するカウラヴァ軍が壊滅する(8、9巻)

カウラヴァの王ドゥルヨーダナ(アシュヴァッターマンの親友)がビーマの卑怯な手段によって瀕死の重傷を負う(9巻)

アシュヴァッターマン、瀕死のドゥルヨーダナを見て敵軍の抹殺を誓う(10巻)

アシュヴァッターマン、敵軍の陣地に夜襲をしかけ、6人の戦士を除いて壊滅させる(10巻)

生き残った敵軍パーンダヴァ軍の戦士6人がアシュヴァッターマンを追う(10巻)

アシュヴァッターマンとアルジュナが神的な武器ブラフマーシラスを放つが、聖仙ヴィヤーサに仲裁される(10巻)

アルジュナの息子の妻の胎内にブラフマーシラスを放ち、パーンダヴァの系譜を断つ(10巻)

クリシュナに呪いをかけられ、額の宝石を奪われて追放される(10巻)

この記事では、実際のマハーバーラタ中の描写が素晴らしいので、上の流れに沿ってそれを紹介します。

アシュヴァッターマンは、パーンダヴァ5王子とカウラヴァ100王子共通の師匠であるドローナの息子です[上村訳マハーバーラタ1巻259p]。アシュヴァッターマンはマハーバーラタにおける悪役ドゥルヨーダナの親友として描かれています。どうしてこの二人が仲良くなったのか、原典には私の知る限り描かれていませんが、父親であるドローナが「私は息子のアシュヴァッターマンよりも、アルジュナを尊敬している」という発言をしている事から[上村訳マハーバーラタ5巻137章396p]、「父親がアルジュナばかり贔屓するため、その反動としてアルジュナを憎んでいるドゥルヨーダナに近づいた」と妄想考えられます。インドのドラマStarplus版マハーバーラタでも、 父親に反抗的なアシュヴァッターマンの姿が描かれています。

## 名場面1:ドローナの死
しかしそうは言っても、親子愛は強かったようで、ドローナは戦争の15日目に息子が死んだいう嘘の情報に騙されて絶望し、武器を手放します。その隙を狙ったドリシュタドゥムナに首を刎ねられ、 ドローナは絶命してしまいます。

大王よ、彼のその言葉を聞いて、またクリシュナの言葉にかりたてられ、そしてまたそれは運命付けられたことであるから、ユディシティラはその通りに言おうとした。王よ、虚偽を言うことを恐れ、しかし勝利にこだわり、不明瞭に「象(のアシュヴァッターマン)が殺された」と(ユディシティラ)告げた。その前には彼の戦車は地上から上方に四アングラ離れたところを走っていた。しかし、このように告げたために彼の乗り物は地上に触れるようになった。
一方、勇士ドローナはユディシティラからそのような言葉を聞いて、息子の災難を嘆いて、生きる希望を失った。彼は聖仙の言葉を聞き、また息子が殺されたと聞き、自分は偉大なパーンダヴァたちに罪を犯したと考えた。そしてドリシュタドゥムナを見て当惑し、この上なく悲嘆に暮れ、以前のように戦えなくなった。敵を制する王よ。この上なく悲嘆に暮れ、悲しみで心を乱した彼を見て、パーンチャーラ国王の息子ドリシュタドゥムナは彼に襲いかかった。
[上村訳マハーバーラタ7巻164章614ページ]
武器を捨てた彼の身体は幾百の矢で傷つき、血が滴っていた。一方ドリシュタドゥムナは、すべての者たちに非難されながらも彼に触れた。そして身体から生気が去り、何も言わない彼の頭をつかんで、刀でその頭を胴体から切り取った。ドローナが倒された時、ドリシュタドゥムナは大喜びして、戦場で刀を振りまわし、獅子吼をした。[上村訳マハーバーラタ7巻164章616ページ]

## 名場面2 ドローナの死を知るアシュヴァッターマン
軍の総大将であったドローナが死ぬと、カウラヴァ軍は壊走を始めます。自軍の逃げていく様子を見て、不思議に思ったアシュヴァッターマンは親友ドゥルヨーダナにその訳を尋ねます。ドゥルヨーダナは、その訳を話すとアシュヴァッターマンが悲しむという事を知っていたため、伝えようとするも言葉に詰まり、代わりにアシュヴァッターマンの叔父であるクリパにその事を伝えてくれるよう頼みます[上村訳マハーバーラタ7巻612-632p]。

ドローナの息子は、自軍がさっさと逃げるのを見て、ドゥルヨーダナに近づいて次のように言った。「バーラタよ、どうして軍隊は恐れたかのように逃げるのか。また王中の王よ、あなたはどうして逃げる軍隊を戦場にとどめないのか。王よ、あなたも以前のように平静さを保っていない。そしてこれらのカルナなどの諸王も踏みとどまらない。他の戦いにおいてはこの軍隊は決して逃げ出さなかった。バラタ族の勇士よ、あなたの軍隊は恙無いのか。クルの王よ、いかなる戦士のうちの獅子が殺されたら、あなたの軍隊がこのような状態になるのか、それを私に話してくれ。」王中の雄牛ドゥルヨーダナはドローナの息子の言葉を聞いても、恐ろしく不快なことを話すことができなかった。あなたの息子は破船のように、悲しみの海に沈み、戦車に立つドローナの息子を見て涙に暮れた。それから王は、恥じらいながらクリパに言った。「どうかすべてを告げてくれ。わが軍が逃げるわけを。」王よ、そこでクリパは、何度も苦悩しながら、ドローナが倒された次第をその息子に語った。[上村訳マハーバーラタ7巻165章]

## 名場面3 ナーラーヤナの武器を使うアシュヴァッターマン
父の死を知ると、アシュヴァッターマンは激怒し、マハーバーラタ中最強の武器の一つであるナーラーヤナアストラを使用します。

ドローナの息子は父が詐術により邪悪な男に殺されたと聞いて、怒りにより涙にまみれた。王中の王よ、怒った彼の身体は、終末の時に生類を殺そうとする死神のそれのように輝いて見えた。それから彼は涙に満ちた両眼を何度も拭って、怒りにより息を吐いて、ドゥルヨーダナに次のように言った。
「武器を捨てた私の父が卑しい者たちに倒された次第、そして法(ダルマ)の旗を掲げる者によって悪事がなされた次第を私は聞いた。そして悪逆非道なダルマの息子(ユディシュティラ)の卑劣な行為を私は聞いた。戦いに従事する者たちには、必ず勝利か敗北かの二つがある。王よ、そこで死ぬことは讃えられる。戦場で戦う者が正しく行動して死ぬことは、悲しむには及ばない。このバラモン(ドローナ)のように。私の父は疑いもなく英雄の世界に行った。だからその人中の虎が逝去したことは悲しまれるべきではない。しかし、全ての兵が見ている前で、法(ダルマ)により行動する者でありながら彼が髪の毛をつかまれたということが、私に断末魔の苦しみを与える。欲望、怒り、軽蔑、慢心、幼稚さ、侮辱により人々は法にもとることをする。きっと邪悪で無慈悲なドリシュタドゥムナは私を軽蔑してあの非道を行ったのだ。そこでドリシュタドゥムナはその非常に恐ろしい結末を見るであろう。そして最高に卑劣な行為をして、偽りを述べたパーンドゥの息子も。あの時ダルマ王は詐術により師匠に武器を捨てさせた。今日、大地はそのダルマ王の血を飲むであろう。私はありとあらゆる手段によりパーンチャーラ族を殺すよう努力する。そして私は、悪事をなすドリシュタドゥムナを戦いにおいて殺すであろう。クルの王よ、私は硬軟の手段によりパーンチャーラ族を殺して平安を得るであろう。人中の虎よ、人は現生と死後において、大きな恐怖から救われるために、息子を得ることを望む。しかし、私の父は、弟子である山のような息子の私が生きているのに、縁者がいないかのように、あのような状態に陥った。私の諸々の神的な武器が何になる。両腕が何になる。勇武が何になる。私を息子として得ながら、ドローナが髪の毛をつかまれるとは。バラタの最上者よ、そこで私は、他界した父に対し負債を返せるようなことをやりたい。高貴な人は決して自慢すべきでない。しかし私は、父を殺されたことに我慢できず、今日、自分の力について述べる。パーンダヴァたちとクリシュナは今日、私の力を見るがよい。私が全ての敵軍を粉砕し、宇宙紀(ユガ)の終末を作り出す時。人中の雄牛よ、実に神々、ガンダルヴァ、阿修羅、羅刹といえども、今日戦いにおいて戦車に乗る私を打ち破ることはできない。この世で最も武器を知る者は、私かアルジュナの他にいない。私は燃える光線の中の太陽のように、軍隊の中にいて、神の造った武器を用いるだろう。今日、戦場で私が激しく弓から発する矢が、その力を示しつつ、パーンダヴァたちを粉砕するであろう。王よ、今日すべての方角が大雨で満たされるように鋭い矢で覆われるのを我らの兵は見るであろう。私は、恐ろしい音をたてて、いたるところに矢の群を放って、強風が樹々を倒すように敵どもを倒すであろう。アルジュナ、クリシュナ、ビーマセーナ、双子、ユディシティラ王も、その武器について知らない。邪悪なドリシタドゥムナも、シカンディンも、サーティヤキも知らない。それを準備し、回収する方法とともに、私に属する武器について」[上村訳マハーバーラタ7巻166章]

ナーラーヤナの武器が現出した時、雨を伴う風が吹き、雲もないのに雷鳴が聞こえた。大地は揺れ動き、大海は動揺した。そして河川は逆に流れ始めた。バーラタよ、山の峰々は裂け、全ては闇に覆われ、太陽は汚れた。その時全ての王は、ドローナの息子の恐るべき武器を見て、苦しみ、途方に暮れていた。[上村訳マハーバーラタ 7巻 639p]

この武器は結局ナーラーヤナ(ヴィシュヌ)の化身クリシュナによって鎮められます。この時は、パーンダヴァの軍隊に大きな損害を与えたものの、まだ壊滅的な打撃を与えるには至っていません。

## 名場面4 瀕死のドゥルヨーダナ
この後、アシュヴァッターマンの属するカウラヴァ軍の総司令官はカルナになります。そしてカルナの死後、シャリヤになりシャリヤが倒される頃には、カウラヴァ軍は壊滅寸前になります。
カウラヴァの王であるドゥルヨーダナが、ビーマとの一騎打ちの末、反則行為によって瀕死の重傷を負います。 そこへアシュヴァッターマンが現れ、瀕死の親友を見て嘆き悲しみ ます。
ドゥルヨーダナは虫の息で、アシュヴァッターマンを軍の最高司令官に任命します。(しかし、この時カウラヴァ軍の生き残りはアシュヴァッターマンを含めて僅か3人でした) それを受けてアシュヴァッターマンは、親友を深く抱きしめ、雄叫びを上げながら、必ず敵軍を皆殺しにする事を誓います[Ganguli; Shalya Parvan; Section65]。

王よ、ドローナの息子の眼は涙にあふれ、蛇のような息を吐いて、この世で最上の王であるバラタ族の長(ドゥルヨーダナ)、に次のように述べた。
「全く、この世に不変のものなどないのだろう。人中の虎である貴方が、埃にまみれ大地に伏しているとは!貴方はこの大地すべてに命令を行き渡らせた王であった! その貴方が、むき出しの荒野に一人伏しているのはどういうわけだ?
私は貴方の隣に、ドゥフシャーサナを見ない。偉大な戦車乗りであるカルナも、幾百にもなるその仲間を見ない。これはどういうことなのだ。人中の雄牛よ。全く、ヤマ(死神)のやり口は学び難いものだ。数多の世界の王である貴方が埃にまみれてむき出しの大地に伏しているのだから。
あぁ、この敵の殲滅者は、戴冠式で聖なる水をその巻毛に浴び、貴族(クシャトリヤ)たちの先頭を歩いたものだ。あぁ、その彼が今土を食んでいる!  見よ、時は彼の道筋を逆転させてしまった! 貴方の清らかな白傘はどこにいったのか?風を送るヤクの尾はどこにいったのか、おぉ王よ。貴方の無数の軍隊はどこにいったのか、王中の王よ。因果の道筋は不可解という他ない。世界の主である貴方でさえ、このように落ちぶれてしまったのだから。疑いようもなく、生きとし生けるものの栄華は儚いものだ。シャクラにも等しい貴方が、これほど悲惨な状態に陥っているのだから」
アシュヴァッターマンの嘆きの言葉を聞いた貴方の息子(ドゥルヨーダナ)はその場にふさわしい言葉を述べた。ドゥルヨーダナは、目を手でこすり、再び悲しみにより涙を流した。そして王は、クリパに率いられたそれらの英雄に言った。

「これらの生きとし生けるものの死への運命は、神により定められたものだと言われている。死は時の流れの中で全ての存在にもたらされるものだ。その死が、今私の元に訪れたのだ。お前たちの目の前に! 全世界を統治した私は今や落ちぶれた。幸運にも、どんな災厄が訪れようとも、私は戦いにおいて決して尻込みしなかった。幸運にも、私は騙し討ちに頼った罪深い者たちによって殺された。幸運にも、戦争に従事しながらも、私は勇気と忍耐を示し続けてきた。幸運にも、私は戦いで殺された。同胞や仲間と共に。幸運にも、私は貴方たちがこの大殺戮を生き延びて、なお壮健でいるのを見た。これは喜ばしいことだ。私の死を悲しんではならない。もしヴェーダが正しければ、私は間違いなく、多くの永遠の地を手にしたのだから。私はクリシュナの計り知れない力の栄光を知らないわけではない。彼は、貴族(クシャトリヤ)の義務の遵守を私に破らせることはできていない。私は彼を手に入れたのだ。どのようなことがあっても、私のために悲しんではならない。
そなたたちは、そなたたちのような人間がなすべきことをした。そなたたちは、私の成功のために戦ってくれた。しかしながら、運命を変えるのは難しいものだ。」

こう述べた後、王は目に涙を浮かべ静まった。
王が涙を浮かべ悲しんでいるのを見たドローナの息子は怒りに燃えた。それはまるで、世界の終末の火のようであった。(アシュヴァッターマンは)怒りに呑まれ、拳を握り、涙を浮かべてしわがれた声で言った。

「私の父はあの悪党どもの残酷な計略によって殺された。
しかし、その出来事は、貴方の今の惨状ほどには私を怒らせはしなかった。王よ、私が発する言葉を聞いてくれ。真実に誓うその言葉を。王よ、私の信心、才覚、信仰、これまで得た功徳にも私は誓う。私は今日、ヴァースデーヴァの御前にて、パーンチャーラの者どもをヤマ(死神)の住処に送ることを。王よ、私にその許可を与え給え。」

ドローナの息子の言葉を聞いたクルの王(ドゥルヨーダナ)は、非常に満足した気持ちになった。そしてクリパに言った。師よ、私に、桶いっぱいの水をすぐに持ってきてくれ。

王のこの言葉を聞くと、僧侶(ブラーフマナ)の最上者は、器いっぱいに入った水を持って王に近づいた。王よ、貴方の息子(ドゥルヨーダナ)はクリパに言った。

「ドローナの息子、僧侶(ブラーフマナ)の最上者を、私の命令の元で、総大将に任命してくれ。もし、私の良きに計らってくれるのであれば。王の命令の元では、僧(ブラーフマナ)ですら戦うことができる。とりわけ、戦士(クシャトリヤ)の鍛錬を積んだものであれば。聖典から学んだ者たちはそう言っている」

王の言葉を聞いたシャラドヴァットの息子クリパはドローナの息子を総大将に任命した。王の命令の元で! 任命が終わると、王よ、アシュヴァッターマンは、最高の王(ドゥルヨーダナ)を抱きしめ、その場を離れた。彼の獅子のような咆哮は十箇所で共鳴した。王の最上者ドゥルヨーダナは、多くの血に塗れていたが、そこで夜を過ごした。その全ての生きとし生けるものにとって恐ろしい場所で。戦場から足早に離れると、王よ、その戦士たちは、悲しみによって動揺していたが、真剣に思案をしはじめた。[The Mahabharata, Book 9: Shalya Parva: Section 65](https://www.sacred-texts.com/hin/m09/m09065.htm)

## 名場面5 アシュヴァッターマンの夜襲
夜中、瞑想をしている最中、梟が烏に襲いかかる様子を見て、アシュヴァッターマンはある事を閃きます。それは、パーンダヴァ軍の陣営に夜襲をしかける事でした。勿論それは不法行為として非難されるべきものです。生き残った他のカウラヴァ軍の戦士クリパとクリタヴァルマンと口論になります。しかし、父と親友を不法行為によって殺されたアシュヴァッターマンは、不法には不法をもって復讐しても構わないと考え、その実行を決意します。

寝静まったところを襲って、父を殺したパーンチャーラ族を抹殺できるなら、私はたとえ来世に地を這う虫けら、羽の生えた虫けらに生まれ変わっても構わない。[The Mahabharata, Book 10: Sauptika Parva: Section 5](https://www.sacred-texts.com/hin/m10/m10005.htm)

実行の前、アシュヴァッターマンはシヴァ神に祈祷を行います。すると、シヴァ神はアシュヴァッターマンを祝福し、剣を与えます。シヴァに祝福されたアシュヴァッターマンは最早敵なしの状態になりました。同時に襲いかかってきたパーンダヴァ5王子の5人の息子を返り討ちにし、殺害します。 最終的にはこの夜襲によって1万人以上いたパーンダヴァの軍隊は全滅します。しかし、その中には肝心のパーンダヴァ5王子はいませんでした。理由は語られていませんが、その時五王子は自軍の陣営から離れていたのです。

まず、アシュヴァッターマンはドリシュタドゥムナの元へ向かいました。ドリシュタドゥムナはアシュヴァッターマンの父ドローナを騙し討ちによって殺害した人物です。アシュヴァッターマンにとっては最も憎い相手だと言えるでしょう。ところで、ドリシュタドゥムナはアシュヴァッターマンの父ドローナの親友であるドルパダの息子でもあります。つまり、父の親友の息子が、アシュヴァッターマンにとって不倶戴天の敵となったわけです。(とはいえ、ドローナとドルパダはこの時期には既に仲違いしていましたが)

ドリシュタドゥムナの寝室に忍び込み、バーラタよ、アシュヴァッターマンはパーンチャーラの王が彼の眼前で寝ているのを目にした。美しいシルクのシーツがかけられた、高価で素晴らしい寝台の上で。
そこには美しい花輪が撒かれており、ドゥパの粉で匂いが付けられていた。王よ、アシュヴァッターマンは、気高い魂を持った王子を、安心しきった無警戒の彼を蹴り起こした。
蹴り上げられたことに気づいた王子は、戦闘において圧倒的な力と計り知れない魂を持つ王子は、目の前にドローナの息子が立っていることに気がついた。寝台から起き上がろうとすると、強力なアシュヴァッターマンは、彼の髪を掴み、頭を地面に押し付けた。
強力な力で押さえつけられた王子は、恐れと眠気から、その時アシュヴァッターマンの力に対抗することができなかった。王よ、アシュヴァッターマンは喉と胸を蹴り上げると、王子は、身悶え、叫び声をあげた。ドローナの息子は、動物にそうするかのようにドリシュタドゥムナを殺そうとした。
パーンチャーラの王子は、アシュヴァッターマンに爪を立て、最後に穏やかに言った。

「おぉ、師の息子よ。私を武器で殺してくれ。貴方の行いによって、私を聖なる地(天界)へと行かせてくれ」敵の殺戮者であるパーンチャーラの王の息子(ドリシュタドゥムナ)はこう言うと、その強力な英雄の力に襲われて、静かになった。ドローナの息子はこれを、朧げに聞いたのみであったが、

「おぉ、我が一族の敵よ、師を殺害した者たちのための地など無い。邪な知性を持つものよ、それ故に、貴様は武器で殺すに値しない!」

そう言いながら、怒りに満ちたアシュヴァッターマンは急所を踵で容赦なく蹴り上げ、仇を殺害した。ライオンが怒る象を殺すかのように。
その英雄の断末魔を聞くと、同じテントにいた妻たちや護衛が起き上がった。王よ、王子が人間離れした力で打ち砕かれるのを見ると、彼らは、襲撃者が超自然的な存在であると考えた。それ故に、恐れて泣くことはしなかった。
こうして偉大な力を持ったアシュヴァッターマンはドリシュタドゥムナをヤマの住処に送ると、美しい戦車に乗って進んでいった。王よ、辺りにはアシュヴァッターマンの咆哮のこだまが響き渡った。そして、彼は自らの戦車を残りの敵を抹殺するために陣営の中を進んでいった。[The Mahabharata, Book 10: Sauptika Parva: Section 8](https://www.sacred-texts.com/hin/m10/m10008.htm)

### 名場面6 :ドラウパディーの5人の息子と戦うアシュヴァッターマン

この後、シカンディンとドラウパディーの5人の息子とも戦闘します。シカンディンは1日目から10日目のカウラヴァの総司令官であるビーシュマ打倒の立役者です。ドラウパディーはパーンダヴァ五兄弟共通の妻で、五人と一人ずつ息子を残しています(プラティヴィンディヤ、シャタニカ、スータソーマ、シュルトセーナ、シュルトカルマ)。
息子たちはパーンダヴァたちの息子なので当然強力です。マハーバーラタの概要を書いた本では、シカンディンやパーンダヴァの息子たちの寝込みを襲ったと記述されている事が多いですが、Ganguli版では、6人とも起きた状態でアシュヴァッターマンと戦っています。

恐ろしい姿をしながら、まるでヤマ自身であるかのようにアシュヴァッターマンは陣営の中を疾走した。そして最後に、ドラウパディーの息子たちとソーマカの残党を見つけた。騒がしさに目覚め、ドリシュタドゥムナが殺された事に気がついた強力な戦車乗りであるドラウパディーの息子たちは、弓を構え、恐れることなくドローナの息子に弓を放った。
物音に目を覚ましたシカンディンとそれに率いられたプラバードラカは、弓矢によって、ドローナの息子を苦しめた。ドローナの息子は彼らの矢が自らに放たれているのを見ると、咆哮し、その強力な戦車乗り達を殺害する衝動に駆られた。
父が殺された事を思い出し、再びアシュヴァッターマンは怒りに満たされた。戦車から降りると、彼は怒りながら敵に突進していった。輝かしい千の月の盾と、神聖な金の飾りのついた大剣を持ち上げ、強力なアシュヴァッターマンはドラウパディーの息子に立ち向かい、武器を用いて攻撃しはじめた。そしてその人中の虎は、その恐ろしい戦いの中で、プラティヴィンドゥヤの腹を打ち、絶命せしめ、大地へ倒した。勇気あるスータソーマは、槍を用いてドローナの息子を貫き、剣をかかげ、突進していった。アシュヴァッターマンはしかし、スータソーマの剣をつかみ、腕ごと切り落とし、再び脇腹を打った。スータソーマは倒れ、落命した。

勇気あるシャタニカ、ナクラの息子である彼は、車輪を両手で持ち上げ、アシュヴァッターマンの胸に猛烈な勢いでぶつけた。再生するアシュヴァッターマンは、その車輪を破壊し、シャタニカに襲いかかった。
ナクラの息子は平静さを失い、大地に伏した。すぐさまドローナの息子はその首を切り落とした。そして、シュルタカルマは、針のついた棍棒を持ち上げるとアシュヴァッターマンに襲いかかった。怒りながらドローナの息子に襲いかかり、彼の前頭の左部分を強く打ち付けた。アシュヴァッターマンはシュルタカルマの顔をその比類なき剣で打った。感覚を失い、顔の形が崩れ、シュルタカルマは命を落とし、大地に倒れた。この騒ぎを聞きつけ、英雄であり、偉大な戦車乗りであるシュルタキールティは、接近し、雨のような矢をアシュヴァッターマンに放った。
盾で矢の雨を防いだアシュヴァッターマンは、耳飾りを付けた美しい顔を胴体から切り離した。すると、ビーシュマの殺害者である強力なシカンディンが、プラバードラカを連れて、アシュヴァッターマンをあらゆる方向からあらゆる武器で攻撃した。
シカンディンはアシュヴァッターマンを眉間の間から打放った。これに怒ったドローナの息子、偉大な力を持つ彼は、シカンディンに接近し、剣を以て2つに分断した。シカンディンを殺害したアシュヴァッターマンは怒りに満たされ、他のプラバードラカに襲いかかった。[The Mahabharata, Book 10: Sauptika Parva: Section 8](https://www.sacred-texts.com/hin/m10/m10008.htm)

## 名場面7 夜襲に怒るパーンダヴァ
再び陣営に帰ってきた五王子は、壊滅した自軍の陣営を見て怒りに震えます。そして、このような非道な行いをしたアシュヴァッタ ーマンを殺そうと考えます。
五王子に見つけられると、アシュヴァッターマンは禁じられていた武器であるブラフマーシラストラを放ちます。これに対抗し、アルジュナは同じ武器を放ちます。ブラフマーシラストラは二度放たれると、海の水が全て蒸発してしまうほどの破壊力を持った武器です。

決して打ちひしがれることの無い魂を持った彼は、その偉大なる武器を思い出した。それは、彼の父親から受け継いだものだった。そして彼は、一切れの草の葉を左手で持ち上げた。悲嘆に暮れながら、彼はその葉を、正しいマントラをもって、神的な武器に作り変えた。
パーンダヴァたちの矢、その強力な神の武器の使い手の出現に耐えることができなかった彼は、怒りと共に、次のような恐ろしい言葉を吐いた。

「パーンダヴァ達の破滅のために」
これらの言葉を言うと、人中の虎よ、比類なきドローナの息子は全ての世界を混沌に導くため、その武器を放ち、草の葉から炎が生じた。それはユガの終末のときのヤマ(死神)のように三界を滅ぼすことができるかのように見えた。
[[The Mahabharata, Book 10: Sauptika Parva: Section 13](https://www.sacred-texts.com/hin/m10/m10013.htm)]

ブラフマーシラスによって世界が破滅するのを防ぐため、聖仙ヴィヤーサ(マハーバーラタの作者)は双方に武器を収めるよう命じます。アルジュナはその言葉に従いますが、アシュヴァッターマンは武器の収め方を知らなかったため、 そのままブラフマーシラスをアルジュナの息子の妻であるウッタラーの胎内に放ちます。これによってウッタラーの胎児は死に、パーンダヴァ五王子の息子は全て死亡してしまいました。これを見たクリシュナ(ヴィシュヌの化身)は悲しみ、胎児を蘇らせます[Gangu li; Sauptika Parvan; Section1-16](この時蘇らせられた胎児パリクシットはバラタ族の王統の唯一の生き残りとして王国を繁栄させ ていく事になります)。
そして、クリシュナはアシュヴァッターマンに呪いをかけます。

クリシュナは言った。
「3000年の間、お前は大地をさまよい続けるであろう。共に行くもの、共に話すものはいない。一人孤独に、数多の国々の間を彷徨い続けなければならない。哀れな者よ、人々の中にお前の居場所はない。血と、悪臭を放つ膿がお前の身体から溢れ出すだろう。人の到達しがたい森、閑散とした荒野、それがお前の行く場所だ。罪深い魂を持った者よ、無数の病がお前の体を蝕み、大地を彷徨い歩くことになるのだ」[The Mahabharata, Book 10: Sauptika Parva: Section 16](https://www.sacred-texts.com/hin/m10/m10016.htm)

この呪いによってアシュヴァッターマンは不死となります。そして現在もガンガー河のほとりで生き続けていると言われています[The Siva Purana – Complete Set in 4 Volumes J.L. Shastri](今シヴァプラーナが手元にないので、具体的なページ数がわからないですが、実家に戻った時に確認します)。
不死となったアシュヴァッターマンには様々な目撃情報が伝承として残っています。 カンナダ版のマハーバーラタはアシュヴァッターマンが語ったもの をクマラヴィヤーサが記したのだとされています。(この情報はインターネット上でしか確認できていないので、文献で確認できたら追記します)

### アシュヴァッターマンの強さ
番外になりますが、アシュヴァッターマンはシヴァ神の半化身であって非常に強力です。5章にビーシュマがアシュヴァッターマンの力について語る場面があります。
ドローナの息子アシュヴァッターマンは一切の弓取りたちを凌駕する偉大な射手であり、戦場でめざましく戦い、強固な武器を取る偉大な戦士である。大王よ、アルジュナに匹敵する彼の弓から放たれた矢は、お互いにくっついて飛行する。なるほど、この誉れ高い男は、もし望めば三界をも燃やせるであろう。隠棲所に住んでいた時、彼はこの苦行のちからにより、怒りと威光を増大した。彼は高邁な知性を有し、ドローナは彼に恩寵をかけ、神聖な武器を与えた。バラタの雄牛よ、ところが彼には一つの大きな欠陥がある。そのために私は彼を戦士とも超戦士とも考えないのだ。最高の王よ。彼にとって生命が殊の外に愛しいのである。しかし、彼に等しい者は両軍に誰もいない。彼はただ一騎で、神々の軍をも滅ぼすであろう。この美丈夫は、弓籠手の音により、山をも裂くことができる。彼は無数の美質を有し、勇猛な攻撃者で、恐るべき光輝を放つ。彼は杖をとる神ヤマのように耐え難く、カーラのように徘徊するであろう。その怒りに関しては宇宙紀ユガの終わりの火に等しく、獅子のような首をし、大知者で、戦争の余燼を鎮めるであろう。バーラタよ。上村訳マハーバーラタ第5巻162章〜164章(481p)

## サーティヤキとの対決

アシュヴァッターマンが、アルジュナの一番弟子サーティヤキと対決する場面があります。サーティヤキはクルクシェートラの戦いを生き残るパーンダヴァ以外の唯一の戦士です。

偉大な射手である短期なドローナの息子は、ユユダーナ(サーティヤキ)に種々の特徴のある矢でしたたかに射られたが、笑って次のように言った。「シニの孫よ、あの師匠を殺した男をお前が助けようとするのはわかる。しかしお前は、私に呑まれた彼と自分自身を救えないだろう」ドローナの息子はこのように言って、太陽の光線のような、美しい節を持つ最高の矢をサーティヤキに向けて発射した。ハリが金剛杵ヴァジュラをヴリトラに向けて放つように。彼に放たれたその矢は、鎧をつけたサーティヤキを貫き、大地に入った。蛇が息を吐きながら穴に入るように。鎧を貫かれたその勇士は、突き棒で苦しめられた象のように、多くの傷から血を流して、弓矢を離した。そして彼は血にまみれて沈み込み、戦車の座席に座った。御者は速やかに彼をドローナの息子から引き離して、他の戦車の方に向かった。[上村訳マハーバーラタ7巻171章662p]

サーティヤキの矢を笑って受けながら、一撃で仕留めるアシュヴァッターマン。強い。絶対に強い。

アシュヴァッターマンが使った武器には、マハーバーラタ中、一級の強さを持つといえるものが2つあります。一つは前述したナーラーヤナアストラです。これはヴィシュヌ神の武器で、父ドローナから習ったと明記されています。武器はアルジュナには伝えられていないと書かれています。
もうひとつは、ブラフマーシラスです。これは、アルジュナが夜襲後のアシュヴァッターマンに追いついた時に使います。アルジュナもアシュヴァッターマンも両方この武器が使えますが、ドローナはアルジュナにのみ、完全な使用法(武器の収め方)を教え、息子アシュヴァッターマンには教えませんでした。なのでドローナは、ナーラーヤナアストラはアシュヴァッターマンだけに教え、ブラフマーシラスの完全な使い方はアルジュナだけに教えたことになりますが、そうしようと判断した理由は謎です。作中でこの武器を実際に使ったのは、アルジュナとアシュヴァッターマンだけで、ドローナも使える記述がありますが、他の誰かが使えるのかはわかりません。

記事は以上です。他に名場面を見つけたら適宜追加します。次回はマハーバーラタ以外の伝承でのアシュヴァッターマンについて書くと思います。

マハーバーラタ解説1:あまりにも巨大な書物

マハーバーラタはインドに伝わる二大叙事詩の内の一つです。

インドの叙事詩というと、荒唐無稽でカオスな神話というイメージが一般的ですが、マハーバーラタは(ラーマーヤナも)それだけの叙事詩ではなく、現代の人々にも通じる肉薄の人間ドラマ、深遠な哲学問題に触れている物語です。

マハーバーラタに触れた方は、その深遠さ、膨大さ、濃密さに圧倒される事でしょう。

それもそのはず。マハーバーラタは、

・紀元前400年から紀元後400年頃まで、およそ800年間に渡って改変加筆が成されてきた。
・全20万行。聖書の4倍の長さ。イーリアスとオデッセイアを合わせたものの約8倍の長さ。(岩波の松平訳の総合分量1400ページを元にページ数を概算すると約11000ページ)

という背景を持った書物なのです。
以下はマハーバーラタの有名な一節です。

「ここにあるもの総ては何処にもあり、ここに無いものは何処にも無い」

随分と大それた事を言っている文言ですが、マハーバーラタは、
1.巧みな文章表現、
2.個性的な登場人物、
3.奥深い人間ドラマ、
4.哲学的深遠さ
の4つを兼ね備えた書物であり、上の文言は必ずしも誇張とは言い切れないと思います。

マハーバーラタのあらすじ

マハーバーラタは様々な文化思想が詰め込まれた混沌とした書物ですが、全体としては一つの物語になっています。

どういう物語か?を一言でいうと、「パーンダヴァ五王子とカウラヴァ百王子の王位継承争い」です。このパーンダヴァ五王子は全員神の子で、いわゆる正義側です。一方、カウラヴァ百王子は長男ドゥルヨーダナをはじめとして、パーンダヴァ五王子をあの手この手で暗殺しようとするいわゆる悪者です。

ドゥルヨーダナは、パーンダヴァ五王子を賭博場に誘い込んで、12年間追放する事に成功します。「王国を自らのものに出来る」と喜び勇んでいたドゥルヨーダナですが、結局12年の後、パーンダヴァ五王子は王国に戻ってきて領土の割譲を要求します。ドゥルヨーダナは少しの領土もパーンダヴァ五王子に分け与える事を拒否します。

最早対立は避けられない状況になった時、五王子と百王子が軍勢を引き連れてクルクシェートラの地で最終決戦を行います。
結果はどうなるのか…?
普通に考えると、正義の側が悪を滅ぼしてめでたしめでたし。という事になりそうです。
しかし、マハーバーラタはそんな単純な話ではありません。
パーンダヴァ軍はあまりに強力なカウラヴァ軍に苦戦してしまいます。
カウラヴァ軍には、百王子以外にも、五王子の師匠ドローナ、大叔父ビーシュマ、生き別れの兄カルナがいます。
この強力無比な英雄達を倒す事が出来ず、五王子たちは悩みます。
そこで、正義を標榜していたはずの五王子は、あろうことか騙し討ちや禁じ手等といった卑怯な戦法を使って敵の英雄を倒していくのです。
(しかもそれを指示するのは、なぜか最高神ヴィシュヌの化身であるクリシュナです)

最終的に、パーンダヴァ五王子らは戦に勝利します。しかしその顔には悲嘆の色が浮かんでいます。

「戦争には勝った。しかし、味方も大勢死んでしまった……。愛する師匠や大叔父を殺してしまった……。おまけに、正義であるはずの我々がそれに反する行いをしてしまった……」

戦争後しばらくすると、五王子らは隠棲しようとヒマラヤに登ります。その途中、各々が生前に犯した罪が原因で次々と倒れ、死んでいきます。
死後、五王子は天界に行きます。
そして悪であったはずの百王子も何故か天界に行っており、マハーバーラタの物語は終焉を迎えます。
これがマハーバーラタのあらすじです。

マハーバーラタの意味

……どうでしょうか?この物語は何を意味しているのでしょうか?

謎だらけです。

何故、正義であったはずの五王子は不法を働くようになったのか。
何故、五王子は全員死ななければならなかったのか?
何故、悪として描かれていた百王子は死後天界に赴いたのか?

マハーバーラタはヒンドゥー教徒らが「生き方を学ぶための聖典」です。
しかし、この物語からは生き方を学ぶのは容易ではありません。
何が正しいのかが分からないからです。
正義と思われたパーンダヴァ五王子も、戦では不法を働くようになった。
そして悪と思われたカウラヴァ百王子は戦では最後まで正々堂々と戦った。
最後にはパーンダヴァもカウラヴァも等しく天界へ赴いた。
一体何が正しいのか? この捉えがたさこそがマハーバーラタの魅力の一つであると思います。

こうした謎に挑んだ学者は過去に多数存在します。

それを解説した本がプーナ批判版マハーバーラタの初代編集長スクタンカルの著書「On the meaning of Mahabharata」です。

先に失望させないために申し上げておきますと、結論は「マハーバーラタの解釈に、大多数が合意できる定説は無い」とのことです。
一つの意見として、「そもそもマハーバーラタに深い意味なんて無い」というのがあります。
マハーバーラタで正義が不法を犯したのちにそれを悔やむ描写がありますが、これは次のように説明されています。

元々道徳観念が無かった時代に不法行為の描写が描かれ(例えばマハーバーラタより古いヴェーダ神話では、正義側のデーヴァ神族がアスラ神族を卑怯な手段で打ち倒す話が描かれています)、哲学的道徳的な部分は後世に追加された部分に過ぎないのだと。

元も子もない意見ですが、これも一つの可能性としてありうると思います。

マハーバーラタを完全に寓意的に解釈しようと試みた本があります。
N. V Thadaniの「The mystery of mahabharata」です。それによると、マハーバーラタにおける戦争(クルクシェートラの戦い)はヒンドゥーの6派哲学(ヨーガ、サーンキヤ、ニヤーヤ、ヴェーダーンタ、ヴァイシェーシカ、ミーマンサー)、あるいはジャイナ教仏教間の対立のメタファーなのだと。それによると、クリシュナはヴェーダーンタ、ヨーガ、ヴァイシェーシカの体現者であり、ドローナはヴァイシェーシカ、ニヤーヤの体現者であると書かれています。結構眉唾な解釈で、批判も多いようですが、面白い発想だと思います。

個性的な登場人物

マハーバーラタには魅力的な登場人物が大勢います。主要な登場人物をざっくり紹介した画像を以下に載せます。他にも登場人物は沢山いますが、多すぎて書ききれません。

クルクシェートラ

こうした登場人物は非常に個性豊かに描かれています。
マハーバーラタのプーナ批判版の初代編集長であるスクタンカルは次の言葉を残しています。

「マハーバーラタの主要人物たちは、明確に、そして首尾一貫して性格付けされている。マハーバーラタのどこを見てもアルジュナはアルジュナ、ビーマはビーマである」[マハーバーラタの世界 前 川輝光 136p]

この言葉の通り、マハーバーラタの登場人物は紀元前に書かれた書物とは思えないほど個性的です。

例えば、パーンダヴァ五王子の長男ユディシュティラは
 ・大言壮語が好き。
 ・割りと情緒不安定で、泣き上戸。

という性格です。

―(ユディシュティラが、カルナを倒し損ねたアルジュナを非難するも、かえって逆上されてしまった後の場面)弟であるアルジュナの苛烈な言葉を聞いて、パーンドゥの子、聖徳のユディシュティラ王は寝台から起き上がりこう言った。

「おぉ、アルジュナよ。私はなんて意地悪な事をしたんだ。だからこそお前はそれほどまでに怒りに駆られたのだろう。さぁ、私の首を切り落としてくれ。私は最低の男、氏族の滅亡をもたらす男だ。私は惨めで、悪徳に満ちている。無知で怠惰で臆病だ。私は残酷で、老輩を罵倒する者だ。お前は私のような冷酷な人間に従っていても得るものは無いだろう。惨めな私は世を捨てて隠棲しよう。私抜きで幸せにやってくれ。高潔なビーマが私の後継となるだろう」[Ganguli; Karna Parvan; Section70]

パーンダヴァ五王子の生き別れの兄であるカルナは
・負けん気が強く、大口を叩く、
という性格です。

―怒ったビーマは、車輪や馬や戦車など、地面に見つけたものを手当たり次第に取ってカルナに投げつけた。カルナは相手が投げたものをその度ごとに全て鋭い矢で断ち切った。しかしカルナは母親の言葉を思い出して、武器を持たない相手を殺さなかった。カルナは走り寄って、弓の先でビーマセーナに触れ、笑って繰り返し、彼に告げた。
「愚か者! 武器の使い方も知らぬ幼稚なやつ。お前は戦闘にはふさわしくない。隠者となって森へ行け!」[上村訳マハーバーラタ7巻394p]

―カルナは言った。「もしインドラがアルジュナを救うために来たとしても、私は速やかに彼を打ち破ってから、アルジュナを殺す。必ずその通りにすると私はあなたに誓う。バーラタよ、安心するがいい。私はパーンドゥの息子たちと、集結したパーンチャーラ軍を殺すだろう。私は貴方に勝利を約束する。火神の息子がインドラに約束したように。全てのパーンダヴァのうちでアルジュナが最も強力である。シャクラ(インドラ)が作った、的を外す事のない槍を彼に向けて放つだろう。その偉大な射手が殺されれば、彼の兄弟たちはあなたの支配下に帰すか、あるいは再び森に行くであろう。誇りを与える人よ。クルの王よ、私が生きている間は、決して嘆いてはいけない。私は戦場で、集結した全てのパーンダヴァたちに勝利するであろう。集結したパーンチャーラ、ケーカヤ、ヴリシュニの連中を矢の群れによりずたずたにして、私はあなたに大地を引き渡すであろう」[上村訳マハーバーラタ7巻480p]

パーンダヴァ五王子の次男ビーマは
直情的で暴力的です。

―ドゥルヨーダナを討ち果たすと、比類無きビーマセーナはクル王に近づきこう言った。

「惨めな奴め! お前はかつて、衣服を剥がされたドラウパディーを衆目の前で嘲った。我らを牛だと罵った。今その報いを受けろ!」ビーマはこう言うと、仇敵の頭を左足で踏みつけた。[Ganguli; Shalya Parvan; Section59]

そして、ヴィシュヌの化身であるクリシュナは最も謎の多い人物です。
先ほど、パーンダヴァ五王子は戦において卑怯な戦法を取ったと言いましたが、その戦法を取るようにそそのかしたのはこのクリシュナなのです。
目的のためには手段を選ばず、超然としているのがクリシュナの特徴です。
神に一番近い人物であるが故に、人間離れした思考をしています。

ーヒディンバーの息子が裂かれた山のように殺されたのを見て、全てのパーンダヴァたちは心から悲しんで、涙に満ちた眼をしていた。しかしクリシュナは大喜びし、アルジュナを抱きしめた。彼は大声で叫んでから馬の手綱を引き絞り、喜びにあふれて、風に吹き上げられる樹のように踊った。強力なクリシュナが喜んでいるのを知って、アルジュナは悲しげに言った。
「クリシュナよ、あなたは今大喜びをしているが、場違いではないか。ヒディンバーの息子が殺されて、最高に悲しむべき時なのに」[上村訳マハーバーラタ7巻572p]

 個々の登場人物についてはいくらでも語れてしまうので、詳しくはまた別の機会に。
 

参考文献紹介

さてさてこのマハーバーラタ、どこで読めるのか?
・まずカットを殆ど含まない原典に近いマハーバーラタの訳は以下の二つがあります。


1.原典訳マハーバーラタ 上村勝彦訳 1~8巻
2.マハーバーラタ 山際素男訳 1~9巻

両方とも絶版で、中古がかなりの高値で取引されています(平均して定価の4倍くらい)。
まずは図書館で探すと良いと思います。 1.はサンスクリットから直訳した書物ですが、訳者の上村勝彦さんが急逝されてしまったため、全体のおよそ半分までしか巻がありません。
カルナの巻の途中までなので、カルナとアルジュナの最終決戦は読めないのです。

2.は最後まで訳されておりますが、ganguliの英語訳を日本語に重訳したものです。自分は読んだ事がありませんが、これもところどころ省略があるそうです。誰が読まれた方情報ください。

・要約、抄訳版のマハーバーラタですと、

1.マハーバーラタ戦記
2.マハバラト池田運訳
3.マハーバーラタの哲学があります。

1.は300ページくらいでマハーバーラタの全容がつかめるの
でお勧めです。(ところどころ原典と違った脚色がありますが)
2.はヒンディー語のマハーバーラタを訳したもののようです。
4000ページくらいあるのであまり要約とはいえないかもしれません。これも未読です。情報求む。
3.はマハーバーラタの12章の一部(解脱法章)を訳したものです。書名の通り哲学的な示唆に富む箇所です。上下巻で一冊12000円します。買いましたが、まだ読めてません。

・その他マハーバーラタの関連書籍として、
1.マハーバーラタの世界(前川輝光 めこん 2006)
2.マハーバーラタの神話学(沖田瑞穂 弘文堂 2008)
3.マハーバーラタの陰に(松本亮 ワヤン協会 1981)
4.ヒンドゥー教と叙事詩(中村元 春秋社 1996)

5.On the meaning of the mahabharata (V.S.Sukthankar 19 57)

6.バーガヴァタ・プラーナ(美莉亜訳 ブイツーソリューシ ョン 2007)

があります。

1.は、マハーバーラタ本編の解説もありますが、インド本土でマハーバーラタがどのように受け止められているかが書かれている貴重な書物です。本土ではカルナが一番人気(クリシュナを除く)らしく、カルナの解説にかなりのページ数が割かれています。

2.は、神話学の観点からマハーバーラタを解説したものです。神話学の研究者にデュメジルという有名な方がおられますが、その方の提唱した3区分説に準拠して、マハーバーラタの解説をしています。ドラウパディーの役割がシヴァ的である、などと説明されていて面白い書物です。

3.これはインドネシアのマハーバーラタ(バラタユダ)を解説した書物です。インドネシアのマハーバーラタはインド本土とは色々異なった点があるので、マハーバーラタマニアの方はこちらも抑えておくと良いでしょう。異なった点は、例えば「カルナがより正義に描かれている」ですとか、「シカンディンは戦闘前に性転換しない。アルジュナの妻になっている」などです。

4.はマハーバーラタだけについての本ではありませんが、マハーバーラタについてのわかりやすい解説がついています。歴史的経緯や宗教的意義などの学問的な観点から解説されています。読みやすいのでお勧めです。

色々あげましたが、自分の読んだ事がある内でマハーバーラタ入門にお勧めな本は以下の3つです。

1.マハーバーラタの世界 – 登場人物が細かく掘り下げられている本。物語全体の説明もあるので、入門にも良いです。

2.ヒンドゥー教と叙事詩(中村元選集) ー 上のが現代インドベースで語られるマハーバーラタとすると、こちらは歴史的経緯や宗教的意義について語られる本です。学問寄りと聞くと硬い雰囲気を想像する方もいるかもしれませんが、文章が読みやすいのでお勧めです。

3.マハーバーラタ戦記 – 物語としてのマハーバーラタを知りたければこちらが良いと思います。これは解説ではなくて、小説形式になってます。

以上ざっくりとした解説になります。ここまで読んでくださってありがとうございました。マハーバーラタに興味を持っていただければ幸いです。

デルフォイの巫女1

当ブログでは、宗教(主に原始宗教、古代宗教)について面白いと思った事を載せていきます。

今自分が、ハマっているのはノベルゲームの題材にもしている「デルフォイの巫女:ピューティア」です。

ピューティアは、古代ギリシャの都市デルフォイの神殿に仕え、預言を行っていたとされる巫女です。

彼女はおそらく、世界史史上、最も世界に対する影響力の強かった巫女でしょう。

近世以前には、女性は地位が低く、社会の表舞台に立つことがほとんどありませんでした。

古代ギリシャも例外ではなく、劇を除いて、歴史資料の中に女性の名前が出てくることは稀です。

そのような女性差別の状況下にあっても、ピューティアがギリシャの政治に与える影響は絶大でした。

その最盛期にあっては、アテナイやスパルタをはじめとする諸ポリスの国政や、対外戦争の戦略を決定してしまうほどの権限を持っていました。

例えば、アテナイのソロンが徳政令や奴隷解放令を布いたのは、ピューティアの預言に依るものだったと考えられています。

ピューティアは、西暦392年に古代ローマのテオドシウス帝が、デルフォイの神託を異教として禁止するまでに、少なくとも1000年以上に渡って、神の預言を伝え続けてきました。(デルフォイの神託がいつから行われていたかは不明です。ただ、ホメロスの著作で既に言及されていたことから、紀元前700年には既に存在していたと考えられています。)

どうしてデルフォイの巫女は古代ギリシャにおいてこれほどまでの権力を有していたのでしょうか?預言は外れることが無かったのでしょうか?

預言の効用が信じられ続けてきた理由の一つには、彼女の預言が曖昧であった、というのがあります。

彼女は「どうすべきか?」という問には答えず、「AとBどちらが良いか?」という二者択一の質問にだけ答えたそうです。Aの方が良いという預言をして、それが悪い結果になったとしても、Bにしていれば更に悪かったであろうと言えてしまうため、予言が外れであるとは見なされなかったそうです。

また、預言の内容自体も曖昧です。

以下は、AかBかという二者択一で聞かれなかった稀有な例です。

リュディアの王クロイソスが、「ペルシアと戦争をすれば勝てるか?」をデルフォイの神殿に尋ねたところ、「ハリュスの川を超えれば、帝国は滅びるであろう」という予言が得られたそうです。この帝国というのはリュディアとペルシアどちらを指しているのか判断が付きません。クロイソスは帝国はペルシアであろうと考え、ペルシアに戦争をしかけます。しかし、当時のペルシアはヨーロッパ随一の大国です。当然リュディアは敗北し、滅亡することになりましたが、「あぁ、預言で言われていた帝国はリュディアの事だったんだなあ」と解釈すれば、預言は当たっていたことになります。

以上のように、デルフォイで行われていた預言は曖昧であったがために、長らくその効用が疑われずに存続し続けていたのだと考えることが出来ます。