ナマステ・インディア(東方学院公開講義)

ナマステ・インディアで東方学院が講義を行っていたので聞きに行っていました。
聞きに行ったのは27日で26日のは見に行っていません。
間違いがあればご指摘いただけると幸いです。

お題は4つ。
1.日本におけるインド式討論
2.植民地インドと近代日本
3.パドマサンバヴァ伝説の起源について
4.インド的寛容 ー「神」ーをめぐって

1.日本におけるインド式討論
 元々仏教には論理学は無かったけれども、ヒンドゥー教が論理武装してきたため仏教でも論理学の研究が盛んになった。
 ディグナーガはインドの仏教論理学において最も重要な人物であるが、その教理は日本には伝わらなかった。
 玄奘三蔵がディグナーガを中国に紹介しなかったからである。
 代わりに慈恩大師という人物の教説を広めたが、これはインド仏教論理学においては主流ではなかった。
 そのため日本には、インド仏教論理学のある一部分だけが偏って伝えられた形になる。
 玄奘三蔵がディグナーガの説を広めなかった理由は不明であるが、一説によると玄奘三蔵自身がその教理を理解できなかったからではないかとも言われている。
 何はともあれこのような形で中国に伝えられたインドの仏教論理学は法相宗の道昭によって日本にも広められる事となった。
 日本の論理展開では例示は必ずしも必要とされていないが、インド論理学ではほとんどの場合、何か自説を述べる時、その例を述べなければならないというのが特徴らしい。

2.植民地インドと近代日本
 歴史上初めてインドに行ったと確証出来る日本人はフランシスコ・ザビエルによってキリスト教に改宗したヤジロウという人物であると言われている。
 仏教徒でインドに行った人物は、明治以前にはいないのである。
 このように、日本はインドという国を仏教を通じて知ってはいたが、文献上の知識、伝聞の知識でしかその姿を思い描く事ができなかったのである。
 インドは江戸時代までには、「仏教興隆の地」という意味で尊敬を集めていたが、インドがイギリスに支配されるようになるとその見方は変わった。
 福沢諭吉は「文明論之概略」で、インドは西欧列強に植民地支配されてしまった悪しき前例であることを述べている。
 そして、岡倉天心、大川周明、鹿子木員信は「日本はインドの仏教と中国の儒教を統合する事の出来た国である。その日本こそがアジアの盟主となって、西欧列強の呪縛からアジアを解放すべきである」と述べるに至った。
 しかし、こういった日本を優位と見る発想はインドからは冷ややかに見られていた。
 ノーベル文学賞受賞者のタゴールは「日本は物質技術を西欧から受け継いだが、その基盤にある思想は受け継いでいない。思想的基盤が弱い」と批判的に言っている。
 タゴールは来日した際、東京大学、慶応大学で講演を行ったが、その時日本の軍国主義を批判したため、大ブーイングを浴びたと言われている。

3.パドマサンバヴァ伝説の起源について
この講義は難しくてよくわからなかった(ぇ)。

4.インド的寛容
疲れたので気が向いたらまた書きます(ぇ)。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です