マハーバーラタ解説1:あまりにも巨大な書物

マハーバーラタはインドに伝わる二大叙事詩の内の一つです。

インドの叙事詩というと、荒唐無稽でカオスな神話というイメージが一般的ですが、マハーバーラタは(ラーマーヤナも)それだけの叙事詩ではなく、現代の人々にも通じる肉薄の人間ドラマ、深遠な哲学問題に触れている物語です。

マハーバーラタに触れた方は、その深遠さ、膨大さ、濃密さに圧倒される事でしょう。

それもそのはず。マハーバーラタは、

・紀元前400年から紀元後400年頃まで、およそ800年間に渡って改変加筆が成されてきた。
・全20万行。聖書の4倍の長さ。イーリアスとオデッセイアを合わせたものの約8倍の長さ。(岩波の松平訳の総合分量1400ページを元にページ数を概算すると約11000ページ)

という背景を持った書物なのです。
以下はマハーバーラタの有名な一節です。

「ここにあるもの総ては何処にもあり、ここに無いものは何処にも無い」

随分と大それた事を言っている文言ですが、マハーバーラタは、
1.巧みな文章表現、
2.個性的な登場人物、
3.奥深い人間ドラマ、
4.哲学的深遠さ
の4つを兼ね備えた書物であり、上の文言は必ずしも誇張とは言い切れないと思います。

マハーバーラタのあらすじ

マハーバーラタは様々な文化思想が詰め込まれた混沌とした書物ですが、全体としては一つの物語になっています。

どういう物語か?を一言でいうと、「パーンダヴァ五王子とカウラヴァ百王子の王位継承争い」です。このパーンダヴァ五王子は全員神の子で、いわゆる正義側です。一方、カウラヴァ百王子は長男ドゥルヨーダナをはじめとして、パーンダヴァ五王子をあの手この手で暗殺しようとするいわゆる悪者です。

ドゥルヨーダナは、パーンダヴァ五王子を賭博場に誘い込んで、12年間追放する事に成功します。「王国を自らのものに出来る」と喜び勇んでいたドゥルヨーダナですが、結局12年の後、パーンダヴァ五王子は王国に戻ってきて領土の割譲を要求します。ドゥルヨーダナは少しの領土もパーンダヴァ五王子に分け与える事を拒否します。

最早対立は避けられない状況になった時、五王子と百王子が軍勢を引き連れてクルクシェートラの地で最終決戦を行います。
結果はどうなるのか…?
普通に考えると、正義の側が悪を滅ぼしてめでたしめでたし。という事になりそうです。
しかし、マハーバーラタはそんな単純な話ではありません。
パーンダヴァ軍はあまりに強力なカウラヴァ軍に苦戦してしまいます。
カウラヴァ軍には、百王子以外にも、五王子の師匠ドローナ、大叔父ビーシュマ、生き別れの兄カルナがいます。
この強力無比な英雄達を倒す事が出来ず、五王子たちは悩みます。
そこで、正義を標榜していたはずの五王子は、あろうことか騙し討ちや禁じ手等といった卑怯な戦法を使って敵の英雄を倒していくのです。
(しかもそれを指示するのは、なぜか最高神ヴィシュヌの化身であるクリシュナです)

最終的に、パーンダヴァ五王子らは戦に勝利します。しかしその顔には悲嘆の色が浮かんでいます。

「戦争には勝った。しかし、味方も大勢死んでしまった……。愛する師匠や大叔父を殺してしまった……。おまけに、正義であるはずの我々がそれに反する行いをしてしまった……」

戦争後しばらくすると、五王子らは隠棲しようとヒマラヤに登ります。その途中、各々が生前に犯した罪が原因で次々と倒れ、死んでいきます。
死後、五王子は天界に行きます。
そして悪であったはずの百王子も何故か天界に行っており、マハーバーラタの物語は終焉を迎えます。
これがマハーバーラタのあらすじです。

マハーバーラタの意味

……どうでしょうか?この物語は何を意味しているのでしょうか?

謎だらけです。

何故、正義であったはずの五王子は不法を働くようになったのか。
何故、五王子は全員死ななければならなかったのか?
何故、悪として描かれていた百王子は死後天界に赴いたのか?

マハーバーラタはヒンドゥー教徒らが「生き方を学ぶための聖典」です。
しかし、この物語からは生き方を学ぶのは容易ではありません。
何が正しいのかが分からないからです。
正義と思われたパーンダヴァ五王子も、戦では不法を働くようになった。
そして悪と思われたカウラヴァ百王子は戦では最後まで正々堂々と戦った。
最後にはパーンダヴァもカウラヴァも等しく天界へ赴いた。
一体何が正しいのか? この捉えがたさこそがマハーバーラタの魅力の一つであると思います。

こうした謎に挑んだ学者は過去に多数存在します。

それを解説した本がプーナ批判版マハーバーラタの初代編集長スクタンカルの著書「On the meaning of Mahabharata」です。

先に失望させないために申し上げておきますと、結論は「マハーバーラタの解釈に、大多数が合意できる定説は無い」とのことです。
一つの意見として、「そもそもマハーバーラタに深い意味なんて無い」というのがあります。
マハーバーラタで正義が不法を犯したのちにそれを悔やむ描写がありますが、これは次のように説明されています。

元々道徳観念が無かった時代に不法行為の描写が描かれ(例えばマハーバーラタより古いヴェーダ神話では、正義側のデーヴァ神族がアスラ神族を卑怯な手段で打ち倒す話が描かれています)、哲学的道徳的な部分は後世に追加された部分に過ぎないのだと。

元も子もない意見ですが、これも一つの可能性としてありうると思います。

マハーバーラタを完全に寓意的に解釈しようと試みた本があります。
N. V Thadaniの「The mystery of mahabharata」です。それによると、マハーバーラタにおける戦争(クルクシェートラの戦い)はヒンドゥーの6派哲学(ヨーガ、サーンキヤ、ニヤーヤ、ヴェーダーンタ、ヴァイシェーシカ、ミーマンサー)、あるいはジャイナ教仏教間の対立のメタファーなのだと。それによると、クリシュナはヴェーダーンタ、ヨーガ、ヴァイシェーシカの体現者であり、ドローナはヴァイシェーシカ、ニヤーヤの体現者であると書かれています。結構眉唾な解釈で、批判も多いようですが、面白い発想だと思います。

個性的な登場人物

マハーバーラタには魅力的な登場人物が大勢います。主要な登場人物をざっくり紹介した画像を以下に載せます。他にも登場人物は沢山いますが、多すぎて書ききれません。

クルクシェートラ

こうした登場人物は非常に個性豊かに描かれています。
マハーバーラタのプーナ批判版の初代編集長であるスクタンカルは次の言葉を残しています。

「マハーバーラタの主要人物たちは、明確に、そして首尾一貫して性格付けされている。マハーバーラタのどこを見てもアルジュナはアルジュナ、ビーマはビーマである」[マハーバーラタの世界 前 川輝光 136p]

この言葉の通り、マハーバーラタの登場人物は紀元前に書かれた書物とは思えないほど個性的です。

例えば、パーンダヴァ五王子の長男ユディシュティラは
 ・大言壮語が好き。
 ・割りと情緒不安定で、泣き上戸。

という性格です。

―(ユディシュティラが、カルナを倒し損ねたアルジュナを非難するも、かえって逆上されてしまった後の場面)弟であるアルジュナの苛烈な言葉を聞いて、パーンドゥの子、聖徳のユディシュティラ王は寝台から起き上がりこう言った。

「おぉ、アルジュナよ。私はなんて意地悪な事をしたんだ。だからこそお前はそれほどまでに怒りに駆られたのだろう。さぁ、私の首を切り落としてくれ。私は最低の男、氏族の滅亡をもたらす男だ。私は惨めで、悪徳に満ちている。無知で怠惰で臆病だ。私は残酷で、老輩を罵倒する者だ。お前は私のような冷酷な人間に従っていても得るものは無いだろう。惨めな私は世を捨てて隠棲しよう。私抜きで幸せにやってくれ。高潔なビーマが私の後継となるだろう」[Ganguli; Karna Parvan; Section70]

パーンダヴァ五王子の生き別れの兄であるカルナは
・負けん気が強く、大口を叩く、
という性格です。

―怒ったビーマは、車輪や馬や戦車など、地面に見つけたものを手当たり次第に取ってカルナに投げつけた。カルナは相手が投げたものをその度ごとに全て鋭い矢で断ち切った。しかしカルナは母親の言葉を思い出して、武器を持たない相手を殺さなかった。カルナは走り寄って、弓の先でビーマセーナに触れ、笑って繰り返し、彼に告げた。
「愚か者! 武器の使い方も知らぬ幼稚なやつ。お前は戦闘にはふさわしくない。隠者となって森へ行け!」[上村訳マハーバーラタ7巻394p]

―カルナは言った。「もしインドラがアルジュナを救うために来たとしても、私は速やかに彼を打ち破ってから、アルジュナを殺す。必ずその通りにすると私はあなたに誓う。バーラタよ、安心するがいい。私はパーンドゥの息子たちと、集結したパーンチャーラ軍を殺すだろう。私は貴方に勝利を約束する。火神の息子がインドラに約束したように。全てのパーンダヴァのうちでアルジュナが最も強力である。シャクラ(インドラ)が作った、的を外す事のない槍を彼に向けて放つだろう。その偉大な射手が殺されれば、彼の兄弟たちはあなたの支配下に帰すか、あるいは再び森に行くであろう。誇りを与える人よ。クルの王よ、私が生きている間は、決して嘆いてはいけない。私は戦場で、集結した全てのパーンダヴァたちに勝利するであろう。集結したパーンチャーラ、ケーカヤ、ヴリシュニの連中を矢の群れによりずたずたにして、私はあなたに大地を引き渡すであろう」[上村訳マハーバーラタ7巻480p]

パーンダヴァ五王子の次男ビーマは
直情的で暴力的です。

―ドゥルヨーダナを討ち果たすと、比類無きビーマセーナはクル王に近づきこう言った。

「惨めな奴め! お前はかつて、衣服を剥がされたドラウパディーを衆目の前で嘲った。我らを牛だと罵った。今その報いを受けろ!」ビーマはこう言うと、仇敵の頭を左足で踏みつけた。[Ganguli; Shalya Parvan; Section59]

そして、ヴィシュヌの化身であるクリシュナは最も謎の多い人物です。
先ほど、パーンダヴァ五王子は戦において卑怯な戦法を取ったと言いましたが、その戦法を取るようにそそのかしたのはこのクリシュナなのです。
目的のためには手段を選ばず、超然としているのがクリシュナの特徴です。
神に一番近い人物であるが故に、人間離れした思考をしています。

ーヒディンバーの息子が裂かれた山のように殺されたのを見て、全てのパーンダヴァたちは心から悲しんで、涙に満ちた眼をしていた。しかしクリシュナは大喜びし、アルジュナを抱きしめた。彼は大声で叫んでから馬の手綱を引き絞り、喜びにあふれて、風に吹き上げられる樹のように踊った。強力なクリシュナが喜んでいるのを知って、アルジュナは悲しげに言った。
「クリシュナよ、あなたは今大喜びをしているが、場違いではないか。ヒディンバーの息子が殺されて、最高に悲しむべき時なのに」[上村訳マハーバーラタ7巻572p]

 個々の登場人物についてはいくらでも語れてしまうので、詳しくはまた別の機会に。
 

参考文献紹介

さてさてこのマハーバーラタ、どこで読めるのか?
・まずカットを殆ど含まない原典に近いマハーバーラタの訳は以下の二つがあります。


1.原典訳マハーバーラタ 上村勝彦訳 1~8巻
2.マハーバーラタ 山際素男訳 1~9巻

両方とも絶版で、中古がかなりの高値で取引されています(平均して定価の4倍くらい)。
まずは図書館で探すと良いと思います。 1.はサンスクリットから直訳した書物ですが、訳者の上村勝彦さんが急逝されてしまったため、全体のおよそ半分までしか巻がありません。
カルナの巻の途中までなので、カルナとアルジュナの最終決戦は読めないのです。

2.は最後まで訳されておりますが、ganguliの英語訳を日本語に重訳したものです。自分は読んだ事がありませんが、これもところどころ省略があるそうです。誰が読まれた方情報ください。

・要約、抄訳版のマハーバーラタですと、

1.マハーバーラタ戦記
2.マハバラト池田運訳
3.マハーバーラタの哲学があります。

1.は300ページくらいでマハーバーラタの全容がつかめるの
でお勧めです。(ところどころ原典と違った脚色がありますが)
2.はヒンディー語のマハーバーラタを訳したもののようです。
4000ページくらいあるのであまり要約とはいえないかもしれません。これも未読です。情報求む。
3.はマハーバーラタの12章の一部(解脱法章)を訳したものです。書名の通り哲学的な示唆に富む箇所です。上下巻で一冊12000円します。買いましたが、まだ読めてません。

・その他マハーバーラタの関連書籍として、
1.マハーバーラタの世界(前川輝光 めこん 2006)
2.マハーバーラタの神話学(沖田瑞穂 弘文堂 2008)
3.マハーバーラタの陰に(松本亮 ワヤン協会 1981)
4.ヒンドゥー教と叙事詩(中村元 春秋社 1996)

5.On the meaning of the mahabharata (V.S.Sukthankar 19 57)

6.バーガヴァタ・プラーナ(美莉亜訳 ブイツーソリューシ ョン 2007)

があります。

1.は、マハーバーラタ本編の解説もありますが、インド本土でマハーバーラタがどのように受け止められているかが書かれている貴重な書物です。本土ではカルナが一番人気(クリシュナを除く)らしく、カルナの解説にかなりのページ数が割かれています。

2.は、神話学の観点からマハーバーラタを解説したものです。神話学の研究者にデュメジルという有名な方がおられますが、その方の提唱した3区分説に準拠して、マハーバーラタの解説をしています。ドラウパディーの役割がシヴァ的である、などと説明されていて面白い書物です。

3.これはインドネシアのマハーバーラタ(バラタユダ)を解説した書物です。インドネシアのマハーバーラタはインド本土とは色々異なった点があるので、マハーバーラタマニアの方はこちらも抑えておくと良いでしょう。異なった点は、例えば「カルナがより正義に描かれている」ですとか、「シカンディンは戦闘前に性転換しない。アルジュナの妻になっている」などです。

4.はマハーバーラタだけについての本ではありませんが、マハーバーラタについてのわかりやすい解説がついています。歴史的経緯や宗教的意義などの学問的な観点から解説されています。読みやすいのでお勧めです。

色々あげましたが、自分の読んだ事がある内でマハーバーラタ入門にお勧めな本は以下の3つです。

1.マハーバーラタの世界 – 登場人物が細かく掘り下げられている本。物語全体の説明もあるので、入門にも良いです。

2.ヒンドゥー教と叙事詩(中村元選集) ー 上のが現代インドベースで語られるマハーバーラタとすると、こちらは歴史的経緯や宗教的意義について語られる本です。学問寄りと聞くと硬い雰囲気を想像する方もいるかもしれませんが、文章が読みやすいのでお勧めです。

3.マハーバーラタ戦記 – 物語としてのマハーバーラタを知りたければこちらが良いと思います。これは解説ではなくて、小説形式になってます。

以上ざっくりとした解説になります。ここまで読んでくださってありがとうございました。マハーバーラタに興味を持っていただければ幸いです。

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