マハーバーラタ解説2:悲劇の英雄カルナ

今日はみんな大好きカルナのお話です。
カルナはインドの大叙事詩マハーバーラタの英雄の一人です。
その人気はマハーバーラタの代表的な英雄であるアルジュナに勝るとも劣らないほどです。
何故人気なのか?
それはカルナの境遇について理解すればすんなりと理解できると思います。

  • カルナは王族と神の息子として生まれたが、幼い頃に親に棄てられた。
  • その後、身分の低い両親に拾われ、育てられる。
  • 元々、神の息子であるため、類稀なる能力を持っているが、出自の悪さ故に差別を受け続けてきた。
  • マハーバーラタの正義側であるパーンダヴァ兄弟もカルナを下に見ていた。
  • しかし、従兄弟でありながらもパーンダヴァと敵対するドゥルヨーダナは、カルナを王にする。これ以後、二人は盟友となる。
  • 最終的にパーンダヴァの三男であるアルジュナと決戦を行う。カルナは類稀なる力を持っていたが、聖仙の呪いによって実力を発揮できずに敗れる。

どうでしょうか? 熱いですね。熱いですよね。
人気が出るのも納得です。
今回は、そんなカルナについての紹介記事を書いていきます。
マハーバーラタ全体についての解説は


をご覧ください。

カルナはパーンダヴァ五王子(アルジュナを含む五兄弟)と同じ母親クンティーから生まれましたが、母クンティーが未婚時に産んだ子供であったため、棄てられてしまい、御者(スータ)であるアディラタに拾われ、育てられます[上村訳 マハーバーラタ 4巻382p]。王子として育てられ、何不自由なく暮らしてきたアルジュナとは対照的です。
実際の生まれは王族でありながらも、カルナは身分の低い御者(スータ)として生きていく事になります。
実力がありながらも身分の低さ故に認められなかったカルナは、自らを見下してきたアルジュナを憎みます。この時点では、アルジュナとカルナが実の兄弟である事は、アルジュナもカルナも知りません。
そんな折、アルジュナと対立していた従兄弟のドゥルヨーダナはカルナに国を与え、王族にします。この事に恩を感じたカルナはドゥルヨーダナのために尽くしていく事を誓います。その忠義は実の母に対してよりも重いものでありました。クルクシェートラの地で、パーンダヴァ五王子とカウラヴァ百王子(ドゥルヨーダナ含む百人の王子)との間の戦争が避けられなくなると、開戦前、母クンティーはカルナの元へやってきてこう言います。

「私はお前の実の母です。そして貴方は、今から殺し合いをしようとしているパーンダヴァ五王子の兄なのです。カウラヴァ側に付くのはやめて五王子と共に戦ってください」

これを聞いたカルナはわずかの間逡巡しますが、すぐに決意めいた面持ちで母を拒絶します。

「貴方(クンティー)の指令を実行する事が、私にとって法(ダルマ)の門であろう。しかし貴方は、私に対し非常にひどい罪を犯した。あなたは私を捨てたのだ。その罪は私の名誉を失わせるものであった。私は王族として生まれたのに、王族にふさわしい尊敬を得られなかった。それも貴方のせいだ。その貴方が今、単に自分の利益を望んで私に説教している。ドリタラーシトラの息子たち(カウラヴァ百王子)は私のすべての望みをかなえてくれて、いつも私を尊敬してくれていた。その事をどうして無にする事ができようか」[上村訳マハーバーラタ5巻412p]

しかし、この時はカルナは母親に免じて、ある一つの約束をします。すなわち、アルジュナ以外の五王子は殺さないという約束です。これは戦において相当のハンディとなりました。何故なら、カルナはアルジュナ以外の四人を全員一度倒しかけていますが、この約束のため逃しているのです。[上村訳マハーバーラタ 5巻412p]

この他にもカルナには大きなハンディが二つありました。一つは戦争前に武器を失ってしまった事です。
カルナには生まれつき体を覆う黄金の鎧と耳輪がありました。これらがある限り、カルナは不死身だったのです。
しかし、カルナはこの鎧と耳輪を、戦の直前に、僧に化けたインドラに与えてしまいます。カルナは聖戒を守る人物であったため、僧がそれらを要求しても断ることをしませんでした。これがカルナが「施しの英雄」であると呼ばれている所以です(でも基本的には自分の実力を誇示する性格です)。その代わり、カルナはインドラから必殺の槍を授かります。しかしこれは結局アルジュナには使えず終いになってしまいます。[上村訳マハーバーラタ 4巻382p]

カルナが負ったもう一つのハンディは、聖仙による呪いです。
カルナは、アルジュナの師匠であるドローナに弟子入りしようとしますが、身分の低さゆえに断られてしまいます。そのため、ドローナの師匠であるパラシュラーマ(ヴィシュヌの化身)に弟子入りをします。しかし、パラシュラーマも貴族嫌いであったため、結局は身分を偽って弟子入りする事となります。
カルナはパラシュラーマを膝枕で寝かしている時に、毒蛇に噛まれます。この時、師匠を起こさないように、激痛を忍び、声をあげずにいましたが、それに気付いたパラシュラーマは「そのような激痛に耐えられるのは貴族以外にいない。お前は身分を偽っていたのだな」と怒ってカルナに呪いをかけてしまいます。その呪いは、大事な局面で必殺技を思い出せなくなる事、馬車の車輪が溝にハマって身動きが取れなくなるであろう事でした[Ganguli; Karna Parvan; Section42]。これら2つのハンディがためにカルナはアルジュナに敗れてしまうのです。

戦争の十五日目、それまでカウラヴァの総司令であったドローナが奸計によって命を落とします。
そこでドゥルヨーダナはカルナを新たな総司令に命じます。そして宿敵アルジュナとの最終決戦が始まります。必殺の武器であったはずのインドラの槍は、既にガトートカチャ(パーンダヴァの次男ビーマの息子)を殺すために使ってしまい、残っていません。接戦を繰り広げる中、カルナは無意識に放った矢でアルジュナを落馬させます。その矢の正体はカーンダヴァ森でアルジュナに殺された蛇神の息子だったのです。蛇神は言いました。

「もう一度我を放て。そうすれば次こそアルジュナを殺せるだろう」

と。しかしカルナは、その矢を手放しこう言いました。

「蛇神よ、私は決して他人の力に依る勝利は望まない。たとえ戦場で100人のアルジュナを殺さねばならないとしても、同じ矢を再び撃つ事は無いだろう」

こういう格好良い台詞が随所にあるのもマハーバーラタの魅力ですね。その後、聖仙の呪いによって、馬車の車輪が溝に嵌り、身動きが取れなくなったところをアルジュナの矢によって討たれます。[Ganguli; Karna Parvan; Section90]

この話はインド最古の叙事詩リグ・ヴェーダのある一節と象徴的な対応関係にあります。
カルナは太陽神スーリヤの息子、アルジュナは闘神インドラの息子ですが、元々それぞれの両親(インドラとスーリヤ)は仲が悪いらしく、インド最古の叙事詩リグ・ヴェーダにもそれが描かれています。そして、リグ・ヴェーダ(4・28・2; http://www.sacred-texts.com/hin/rigveda/rv01130.htm Waxed strong in might at dawn he tore the Sun’s wheel off. )には、インドラがスーリヤの車輪を奪う話が書かれています。これはカルナの馬車の車輪が溝に嵌った事と対応しています。

戦争後、アルジュナとその兄弟はカルナが実の兄であった事を知り、嘆き悲しみます。以上がカルナにまつわる大まかな話です。
前述の通り、カルナは身分が低いながらも比類なき英雄であったため、低身分層の人々から絶大な支持を得ています。また、「御者として育てられたが、実際には貴族である」という出自が理由で、高身分層の人たちからも人気を集めているそうです。その象徴がシヴァージーサーヴァントの書いた大ヒット小説「死の征服者カルナ」です。この小説はインドでベストセラーとなり、十以上の言語に翻訳されてきたそうです。そこでは、原典では悪役寄りに描かれていたカルナが完全無欠の正義として描かれ、寧ろ原典で正義であったパーンダヴァが悪役として描かれているというほどの偏向ぶりです[マハーバーラタの世界 前川輝光 272p]。
カルナは基本的に時代を経るごとに美化され、人気を博すようになっています。インドネシアにおけるマハーバーラタでは、カルナがアルジュナに匹敵する英雄として理想的に描かれ、ワヤン・クリなどの人形劇でもよく題材にされています[マハーバーラタの世界 前川輝光 281p]。

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